「私とWBAI」東京大学 松尾 豊

人間の脳が行っていることは情報処理であり、何らかのアルゴリズムで実現されている。それを計算機で行うことも可能である。ただし、進化のなかで絶妙に最適化されており、また、言語・教育・文化などと一体になって共進化しており、さらには、人間の身体や環境に依存する部分も大きいため、人間とそっくりな情報処理ができる可能性はかなり低い。

人間の脳が行っている情報処理は、おそらくいくつかの主要な要素で構成されるはずである。そのひとつが、深層学習のような深い階層を持つネットワークにより、関数近似を行う仕組みである。また、別のひとつは強化学習であり報酬に応じて行動を強化する仕組みである。

ただし、これまでの学術研究のなかで、根本的に間違った定式化からスタートしているものも少なくない。例えば、これまでに一般的に定式化されている強化学習の問題設定は、人間の脳の主要な要素という点ではおそらく間違っている。教師なし学習という問題設定も長らく間違っていたが、最近は「自己教師あり学習」という形で正しい方向に修正されてきた。そもそも特徴量を見つけること(すなわち表現学習)が重要であるということも、深層学習が広く理解されるまでは、問題設定としては長らく無視、あるいは軽視されてきた。こういう問題設定のそもそもの間違いに、研究者(あるいは研究コミュニティ)は無自覚である場合が多い。

キーワードだけ出しておくと、他の主要な要素として考えられるのは、世界モデル、蒸留、想像、万能チューリングマシンなどである。特に、言語を用いることが、情報処理においてどのように根本的な変化をもたらしたかが、その説明の主要部分になると思われる。

深層学習をはじめとする最新の技術で実装可能である(あるいは近い将来に実装可能になると思われる)こと、それが人間の知能をどう作り上げているかの妥当な説明があること、それが脳の各機能と対応づいていること、進化的に妥当な説明が存在すること、などの要件を満たすアルゴリズムの全体像、すなわち知能のアーキテクチャを見つけることができれば、多くの計算機科学的・脳科学的・哲学的・心理学的な疑問に答えることができるようになるだろう。それを見つけたいというのがWBAIの活動であり、(その予想が妥当であるかどうかというより、一研究者としての心的態度として)それが近い将来明らかになるのではと考え、研究を行っている。

WBAIは、山川氏との議論がきっかけで2015年にNPOとして組織され、私自身も副代表として活動してきた。人類が誕生して以来の長い歴史の中で、知能の仕組みという人類史上で最も重大で深遠な謎が解けるかもしれない瞬間に、我々が研究ができる状況にあるということは大変な幸運である。この幸運に感謝し、WBAIが社会に大きな貢献ができることを祈念している。