概要
脳を構成する主な器官(大脳皮質、大脳基底核、海馬など)の動作原理を説明する計算論的モデルは、不完全ながら出そろいつつあります.そこで我々は,以下の様なWBA中心仮説を設定しました
【WBA中心仮説】
『脳はそれぞれよく定義された機能を持つ機械学習器が一定のやり方で組み合わされる事で機能を実現しており,それを真似て人工的に構成された機械学習器を組み合わせる事で人間並みかそれ以上の能力を持つ汎用の知能機械を構築可能である』
本全脳アーキテクチャ勉強会では,この仮説を起点に,脳の諸器官の連携を再現する脳全体のアーキテクチャを形作ることで,人間のような知能の実現を目指す研究を推進します.そこで毎回脳の機能の一部に注目し、神経科学、認知科学、人工知能などの関連分野の専門家をお呼びし,脳の機能の実現方法の何がわかっていて何がわかっていないかを、明らかにしていきます.
今回の「統合アーキテクチャ」は,まさにそれら脳器官上に実装された様々な計算機能の統合に関わるテーマであり,これを神経科学的観点と人工知能の観点から考えていこうとするものです.
AI分野においては,環境と相互作用を通じて人のように振る舞う知的エージェントの基本構造が認知アーキテクチャと呼ばれ,全脳アーキテクチャもその研究の一つといえます.
しかし従来の認知アーキテクチャにおいては,神経科学知見が貧弱であった背景から,主に人の振る舞いから心をモデル化しようとしてきました.そうしたアプローチでは,知能を再現しうるアーキテクチャの可能性が広すぎ,人間の知能全体を統合することに困難がありました.
そこで,全脳アーキテクチャでは,この困難を乗り越えるために,先行する多彩な認知アーキテクチャを参考としつつも,むしろ脳をガイドとして一つの統合アーキテクチャとして纏め上げてゆくことを目指しています.
膨大な神経科学知見と,長年に渡る認知アーキテクチャの成果を利用して,人間の知能の包括的な構築を目指す全脳アーキテクチャのアプローチは,非常に大きなチャレンジとなります.しかし他方で,神経科学分野では,ほとんど認知アーキテクチャについて知られていないという研究現状を考えれば大きなチャンスでもあります.
今回の勉強会では,この統合アーキテクチャ実現への道筋を探るために,これに関わる最新の神経科学知見,脳において想定されるアーキテクチャ,そしてAI分野に於ける認知アーキテクチャの3つの観点からそれぞれの専門家にご講演いただきます.
開催詳細
- 日 時:2014年7月18日(金) 18:45~21:15 (開場: 18:35~19:00)
- 会 場:グラントウキョウサウスタワー 33FセミナールームE
- 参加者:約180人(スタッフ・関係者含む)
講演スケジュール
時間 | 内容 | 講演者 |
---|---|---|
18:45 | オープニング | 山川宏(富士通研究所) |
18:50 | 分散と集中:全脳ネットワーク分析が示唆する統合アーキテクチャ | 岡本洋(富士ゼロックス株式会社) |
19:25 | 脳の計算アーキテクチャ:汎用性を可能にする全体構造(資料) | 大森隆司(玉川大学脳科学研究所) |
20:00 | 休憩(10分) | |
20:10 | 認知機能実現のための認知アーキテクチャ | 市瀬龍太郎(国立情報学研究所) |
20:40 | パネルディスカッション | 山川宏(富士通研究所) |
21:20 | Closing Remark | 山川宏(富士通研究所) |
21:25 | 自由討論(会場開放) |
分散と集中:全脳ネットワーク分析が示唆する統合アーキテクチャ
講演者:岡本洋(富士ゼロックス株式会社)
概要:脳全体の構造・機能を記述するネットワーク地図-コネクトーム-の解明が活発に進められている.一方,複雑ネットワークの性質を調べるための様々な分析方法がこの10年間に提案された.近年,複雑ネットワーク分析の方法をコネクトームに適用してその意味を読み解くこと(これを全脳ネットワーク分析とよぶことにする)が試みられている.本講演では,全脳ネットワーク分析に関する神経科学研究の最近の動向を概観する.これらの研究を通じて,全脳ネットワークのモジュール(コミュニティ)構造,リッチクラブ構造および両者の間の相互作用が明らかになってきた.そこから示唆される統合アーキテクチャは「分散と集中」である.
脳の計算アーキテクチャ:汎用性を可能にする全体構造
講演者:大森隆司(玉川大学脳科学研究所)
概要:脳は,過去の記憶と学習経験に基づき,多様な課題を素早く解決する処理を発見する,汎用の処理発見装置である.それを可能とするのは,脳の強力な状況認識と推論のシステムであり,さらに状況に応じて過去の経験を柔軟に適応させる処理構築システムであると考えられる.ここでは,その汎用性を生み出す脳の全体構造について説明する.
認知機能実現のための認知アーキテクチャ
講演者:市瀬龍太郎(国立情報学研究所)
概要: 人間は,様々な環境において,知的に振る舞うことが可能である.そのためには,環境を認識し,内部にある知識を用いながら,適切な行動を選択する必要がある.その内部構造をモデル化するものが認知アーキテクチャである.これまでに様々な認知アーキテクチャが考案されている.それらを紹介することで,知的動作に必要なアーキテクチャについて考えていく.
パネルディスカッション
モデレーター:山川宏(富士通研究所)
パネリスト
大森隆司(玉川大):1979年東京大学大学院修了.工学博士.東京農工大,北海道大学を経て2006年より玉川大学工学部/脳科学研究所教授.
脳という神経機構に知的な行動が生まれる情報的なメカニズムに興味があり,認知科学,人工知能,発達,神経科学などの諸学問を足をつっこみながら,心に関わる脳の情報処理過程の解明と工学的な方法による実現を試みている.最近の主要テーマは意図推定に基づくサービスロボットの開発.
岡本洋(富士ゼロックス):富士ゼロックス株式会社研究技術開発本部コミュニケーション技術研究所勤務.計算論的神経科学および脳科学知見に基づく文書処理の研究に従事.理化学研究所脳科学総合研究センター脳回路機能理論研究チーム客員研究員.理学博士.
市瀬龍太郎(国立情報学研究所):東京工業大学大学院情報理工学研究科博士課程修了.博士(工学).人工知能の研究,特に,セマンティックウェブ,機械学習,知識発見などの知識処理の研究に従事.総合研究大学院大学准教授併任.
高橋恒一(理化学研究所):1996年、慶応義塾大学環境情報学部在学時、E-Cellプロジェクトの立ち上げに関わり、冨田勝教授やクレイグ=ベンターなどと共に世界初の全細胞シミュレーションを実現。以来、E-Cell Systemチーフシステムアーキテクト。博士(学術)。米Molecular Sciences Institute HFSPフェローなどを経て2009年から現職。慶応大学先端生命科学研究所特任准教授、大阪大学大学院生命機能研究科招聘准教授を兼任。
討論内容
- WBAの統合技術について現段階で言えること
- 脳型情報処理における制約
- どのように膨大な神経科学知見やAI知見(認知アーキテクチャ)を活用するか?
- ロードマップをどのように構築するか?
- 複数の研究者が協力するためのフレームワークはどうあるべきか?