作業記憶をテーマにした第5回WBAハッカソン(CodaLab上でのオンライン開催)が昨年の10月末に終了しました。 15チームが参加しましたが、オンラインのみで十分なコミュニケーションをとることが難しかったことなどもあり、いずれのチームも結果の提出には至りませんでした。
そこで、参加者の方に参加の動機や、得られた経験、課題提出における難しさ等をお聞きしました。以下ではこれらを踏まえて課題を振り返り、ハッカソンを発展させる方向性を考えてみます。
タスクについて
今回のハッカソンでは、提示された図形が同じかどうかを判断する見本合わせ課題が用いられました。 遅延見本合わせ課題では、見本の図形が画面から消えた後に判断しなければならないために作業記憶が必要になります。作業記憶は、プランニングなど汎用人工知能実現に必須と考えられる基本的な認知機能です。
ハッカソン参加者に求められたのは、与えられたサンプルコードに手を加えて、見本合わせ課題を解決する脳型の認知アーキテクチャを持つ知的エージェントを作成することでした。
難易度
図形認識
エージェントは課題で用いられる図形を認識する必要があります。 比較する図形には回転や拡大などの操作が加えられるため、エージェントは「不変的(invariant)な」物体認識を行う必要があります。
アクティブビジョン
ハッカソンの環境では、エージェントは画面の一部しか見ることができず、提示された複数の図形を見るために「視線」を動かさなければなりませんでした。 この仕様(アクティブビジョン)は人間の視覚を模して導入されたものですが、大きな困難をもたらした可能性があります。 また、アクティブビジョンでは比較する図形を同時に見ることができないため、遅延のない見本合わせの課題においても作業記憶を使う必要があります。
課題の認識
ハッカソンではいくつかの種類の見本合わせ課題が行われており、エージェントはどの課題(ゲーム)が行われているかを認識する必要がありました。 ある課題では図形の形を比較する必要があり、別の課題では図形の色を比較する必要がありました。 図形の周りに棒を表示し、その棒の位置を比べる課題もありました。 エージェントは課題の種類を学び、試行セッションで課題の種類を認識しなければなりません。このような課題の多様性は、課題全体をより一般的にするために導入されました。
多重学習
今回のハッカソンで、エージェントは以下のことを学習する必要がありました。複数の学習を組み合わせたエージェントを作るのは難しいことが知られています。
- 提示された図形が当該課題で注意すべき特徴において同じかどうかを作業記憶の内容に基づいて判断する
- 図形の比較に役立つよう作業記憶の内容を制御(保持/解放)する
- 表示された図形に適切に「視線」を移動させる
- 図形の種類(大きさや回転の変化)や棒の位置を認識する
- タスクの種類を認識する
その他の難しさ
今回のハッカソンでは、参加者が脳科学・認知科学や機械学習(フレームワーク)を学ばなければならないという難しさがありました。 また、脳科学的な作業記憶のモデルが確立されていないため、参加者がモデルを考える必要がありました。 さらに、提供されたサンプルコード自体が複雑なものであるために、その成り立ちを理解するのに困難さがありました。
今後の方向性
WBAIは、全脳アーキテクチャに基づくヒトのようなAGI開発を促進しており、脳全体の構造を表す全脳参照アーキテクチャの整備を進めています。私たちの方法論においては、さまざまな認知課題に対する脳の関連部位(Region of Interest)を特定し、その中の神経回路(脳領域)それぞれについて課題における機能を記述、実装、テストしていくことを計画しています。今回のハッカソンで要求される複数の認知課題に対してもこの方法論を適用することができます。複数の課題で共通に用いられる脳領域については共通の仕組みを設定していくことで、全脳アーキテクチャの汎用性が担保されることとなります。
今回のハッカソンでは結果の提出はなかったものの、参加者から学びの機会を得たという声をいただきました。今後は上記およびオンライン競技の特性などの分析に基づき、多くの方に「全脳アーキテクチャのオープンな開発」へ参加いただけるような取り組みをさらに進めていきたいと考えております。
最後になりますが、ハッカソンの参加者や興味を持ってくださった方々に感謝いたします。
Cerenaut とWBAI