新年、あけましておめでとうございます。
私たち全脳アーキテクチャ・イニシアティブ(WBAI)は、「人類と調和する人工知能(AI)のある世界」を目指して、脳の構造と機能をモデルにしたヒト脳型AGIの研究開発を引き続き進めております。
今年で創設10年となりますので、改めて振り返ってみたいと思います。WBAIは2015年に「WBAアプローチによる汎用人工知能(AGI)の実現」を掲げて設立されました。2016年には特定非営利活動法人としてAGIの研究開発を「促進」する役割を明確化し、翌2017年には「人類と調和する人工知能のある世界」というビジョンを定義しました。2020年頃には脳を参照しながらソフトウェアを構造化するBRA駆動開発の設計手法の確立が進みました(BRA=Brain Reference Architecture/脳参照アーキテクチャ)。2022年ごろから大規模言語モデルの利活用がその開発において本格化し、手作業で行っていた論文からのBRA構築プロセスを自動化することが可能になりました。この進展により脳科学の知見を効率的にBRAデータへと変換できる見込みが立ち、開発プロセスが加速しています。2027年までに初期版のWBRA(全脳参照アーキテクチャ)を完成させ、その後もヒト脳型AGIの仕様書となるWBRAを継続的にアップデートしながらより洗練されたヒト脳型AGIの実現を目指します。
ところで2024年のAGI分野の技術状況を見渡すと、AI scientist研究を皮切りに、AI自身がAIを改善する研究が本格化しました。これにより比較的短期間のうちに超知能とも呼ばれる驚異的な知能水準へと成長 (take-off) する再帰的自己改善が現実味を帯びてきています。もちろんAGI技術は、うまく人類のために活用できれば、例えばほとんどの病気を根絶するなど大きな利益を生み出しうるものです。他方で、明示的な指示を与えなくても監視メカニズムを無効化したり、あえて自己能力を低く偽わったり、外部サーバーに自己のコピーを作成して生存するなどの人類への裏切りともなりうる策略を見出した研究も現れています。こうした背景から現在、世界中でAGIや超知能といった高度なAIが現れる未来に対して期待と不安が入り混じった議論が行われています。
WBAアプローチによって開発されたヒト脳型AGIについて、私たちは以下のような特徴とその意義を考えています:
第一に、その情報処理構造は人間の認知プロセスの特定の有益な特性を選択的に実装することを目指しています。これは人間の認知システムをそのまま複製するのではなく、頑健性や安全な探索、協調的な意思決定といった望ましい特性を工学的に実現しようとするアプローチです。人間の認知システムには様々な制約や限界がありますが、それらを理解した上で、システムの安全性を高める特性を慎重に選択し実装することが重要です。
第二に、脳の機能分化を模したモジュール構造により、システムの透明性と検証可能性を高めることができます。各モジュールは独立して評価可能で、その相互作用は明示的なインターフェースを通じて行われます。これは完全な制御可能性を保証するものではありませんが、安全性の制約をモジュールレベルで実装し、その動作を継続的にモニタリングすることを可能にします。
第三に、このアプローチは認知科学や神経科学の知見に基づいて、より安全なAIシステムの設計を目指します。例えば、環境の探索における安全性の制約や、社会的協調を促進する機構を実装することで、予測可能で制御可能な振る舞いを実現することを目指しています。このような特徴を持つヒト脳型AGIは、AIシステムの発展において安全性を向上させる可能性があります。ただし、その目標は人間とAIの完全な同一性や絶対的な制御可能性ではなく、両者が相補的な役割を果たす協調的なシステムの構築にあります。そのためには、人間の認知システムの特性についての深い理解と、それに基づく慎重な工学的実装が必要となります。
このビジョンの実現には、継続的な研究開発と評価が必要ですが、このアプローチは安全性を中心に据えたAI開発の重要な方向性の一つとなり得ると考えています。
こうした背景から、私たちは2027年初頭までにWBRAの初期版完成を目指し、昨年に公開したロードマップに従って研究開発を行う予定です。ここでBIF(Brain Information Flow:脳情報フロー)とは、脳の解剖学的構造に基づいた情報の流れを表現するものです。一方、HCD(Hypothetical Component Diagram:仮説的コンポーネント図)は、その情報の流れに対応する計算機能を示した仮説的なモデルです。これらはともに人間の脳を参考にしたAGIの開発に不可欠な設計仕様となります。
- 【BIFに関わる研究開発計画】神経科学文献の自動登録システムをWholeBIFへ実装し、脳科学文献から得られる知見を効率的に統合していきます。また、WholeBIFの自動構築システムの本格運用を開始し、継続的な自動更新の仕組みを導入します。これにより最新の脳科学研究の成果をタイムリーに反映することが可能となります。さらに、WholeBIF更新システムの運用改善を進め、より信頼性の高いデータベースの構築を目指します。
- 【HCDに関わる研究開発計画】自動FHD(機能階層図)設計技術の開発を通じて、より効率的な機能モデルの作成を目指します。また、HCDセットの手動アライメントと整理作業を継続し、精度の高い脳機能モデルの構築を進めます。さらに多様なHCDの構築・蓄積を通じて、より多くの脳器官をカバーしていきます。
これらの活動を通じて、私たちは2027年初頭のWBRA完成に向けて、本年2025年は加速してゆきたいと考えております。
こうしたWBRA構築の研究開発においては多様な分野に関心をもつ方々の協力が必要となります。特に、脳の仕組みに関心をもつ神経科学専攻の方や脳に学んだAI開発に興味がある方などの力が必要になります。ご興味のあるかたはお気軽にご連絡ください。
これに関わる教育事業については、本年からより具体的にBRAデータを作成・検証・改善できる人材の育成に焦点を当て、国際的なワークショップの開催に軸足を移してゆきます。現在は助走段階ですが、昨年は海外からの会議への参加者も多く、今後はグローバルにBRAデータを作成できる状況に発展させたいと考えております。つまり、神経科学の専門性を持ちながら計算モデルを考えられる人材の育成を目指す従来の「勉強会」から次第にシフトしているということです。
最後になりますが、今や自己改善を行えるAIが超知能へと急速にTake-offする可能性を無視できない段階に入っています。この状況において、設計図となるWBRAにもとづいて実装されるヒト脳型AGIは、AIでありながら人類と互いに内面を理解し、価値観を共有できるパートナーとなり得ます。WBRAの実装においては、自動プログラミングを含む大規模言語モデルにより開発を効率化できると考えています。2025年はこの実現へ向けてさらに一歩を進める重要な年となります。ぜひ、私たちWBAIの活動に関心をもっていただき、ご支援とご参加をお待ちしております。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
2025年 元旦
特定非営利活動法人 全脳アーキテクチャ・イニシアティブ 一同