『日経コンピュータ木村岳史が語る』人工知能がシステム要件定義をするようになれば、”動かないコンピュータ”はなくなる?

木村岳史01 みんなで考える人工知能の未来

『みんなで考える人工知能の未来』では、人工知能の研究に専門的に携わる方ではなく、ビジネスや経済、文化、教育などの幅広い分野の方々に、人工知能に関するご意見をお聞きしていきます。

人工知能技術の発展には、専門の研究者による研究活動だけでなく、社会全体の理解が必要です。ビジネスや経済、文化の面で活躍しておられる方は、人工知能をどう見ているのか、幅広い視点でご意見を伺うことで、人工知能研究に必要な環境づくりのヒントを得たいと思います。

今回は、元日経コンピュータ編集長で、現在もWebの人気コラム「極言暴論」などでIT業界の変革について辛口で語っておられる木村岳史氏に、人工知能がIT業界やビジネスに与える影響についてお話をお伺いしました。
聞き手は『みんなで考える人工知能の未来』の企画を担当する、全脳アーキテクチャ・イニシアティブ広報委員の吉岡英幸が務めました。

ガッカリさせられた第2次AIブーム

木村岳史01

ー まず、人工知能というキーワードを聞いて、どんなイメージを持たれますか?

木村:実は、あまり良いイメージはないんですよ。と言うのも記者として駆け出しのころ、80年代後半に、第2次ブームと言われているものを、目の当たりにしているんです。あの頃は、エキスパートシステムが盛り上がり、今よりももっと期待値が高かったと感じています。でも、それが挫折して冬の時代を迎えたのを知っているので、今のブームには正直懐疑的なところがあります。

ー ディープラーニングなど、今の第3次ブームを牽引している新しい技術は、次々とめざましい成果を上げているようにも見えます。木村さんも嗜む囲碁の世界でも、AlphaGoが李世ドル九段を打ち破りました。

木村:私は囲碁を多少かじったので、あれがすごいことはよくわかります。なにしろ真ん中から攻めるというのは、プロの中でも天才的な人にしかできない打ち手ですから。技術的なステップとしては、めざましいものがあると思いますが、でも、結局は明確なルールのあるゲームです。
人工知能を我々の生活でどう実用していくのか、という点では、まだまだ遠いと思います。
AlphaGoの勝利によって期待が一気に高まりましたが、その期待はある意味、今が頂点で、このあとは、ガートナーが言うハイプ曲線の幻滅期に入っていくのではないかと思います。

ー しかし、木村さんが関わるIT業界でも「人工知能」はホットなキーワードになっています。

木村:そもそもIT業界では、人工知能というキーワードを厳密な定義にもとづいて使っていないですよね。自動化するものならなんでも、AIだ、人工知能だと呼んでいます。無理に期待値を上げているように感じます。

今が頂点で、このあとは、ガートナーが言うハイプ曲線の幻滅期に入っていくのではないかと思います。

人工知能に一番やってほしいのは、システム要件定義

ー 企業システムの売り手であるITベンダーおよび、ユーザーである企業のIT部門を総称して、我々はIT業界と呼んでいますが、IT業界において人工知能が、どのように実用化されればよいとお考えですか。

木村:IT業界には、将来的にシステム要件定義をぜひ人工知能にやらせてほしいですね。ビジネスプロセス上の矛盾を最適化することが本来の要件定義ですから、そのような論理的な仕事は、人工知能の得意領域です。こういう発言をすると、「要件定義とは論理的な整合性を求めるだけでなく、ビジネス上の落としどころを決めることだ」と反論する人が出てきそうですが、そんなことを言っているから、日本企業はダメなんですよ。

ー 木村さんが常々よく言っておられるように、本来ERPを導入するのは、システムに業務を合わせることで、業務改革を進めることが目的なのに、各部門の意見を調整して、落としどころを探り、ERPをわざわざカスタマイズする日本的なやり方では、業務改革が進まない、ということですね。

木村:そう。ロボット型ERPというのがあったら、おもしろいと思いませんか。
もし、要件定義を人工知能が行うことができるようになったら、基本設計からコーディングまで1秒かからないでしょうね。ウォーターフォール型で、アジャイル型開発ができてしまう。

ディープラーニングで右脳思考ができるようになれば、デジタルビジネスの可能性も広がる

吉岡英幸

ー 今、IT業界は、「デジタルビジネス」というキーワードにも熱狂しています。

木村:エキスパートシステムを左脳、ディープラーニングを右脳と考えると、前者は先ほど言った要件定義的なことに、後者の方は、デジタルビジネスをデザイン思考で考えるのに、活用できるかも知れませんね。
たとえば、顧客エクペリエンスに基づいたインターフェースの設計というのは一般的ですが、もっと右脳で考えて「こうあるべきでは?」というものをディープラーニングで予測して有効性を検証する、というアプローチがあるかも知れません。

ー そうなった場合、人間がやるべき仕事は、どのようなものになるのでしょうか。

木村:論理的に思考する部分は、人間は機械にかないません。しかも、機械は我慢強いので、いくら左脳を使っても疲れません。それに対して、発想の飛躍ができるか、ということですが、ディープラーニングは先ほど言ったように右脳の働きに近いと思いますが、どこまで発展するのかはわかりません。右脳的思考が必要な創造的な作業でいかに優位性を保つかですね。
ただ、残念ながら、今のIT業界で、右脳を使った創造的な仕事がどれだけあるかと言うと、疑問ですね。

「こうあるべきでは?」というものをディープラーニングで予測して有効性を検証する、というアプローチ。

自分独自の視点を持っていないと生き残れない

ー IT業界の仕事は完全に人工知能に取って代わられるかも知れない、ということでしょうか。

木村:十分あり得ますね。だからIT業界としては、そのような方向で人工知能を開発しようとは思わないでしょうね。自分たちを追い出すものを作るわけですから。
一方で、人間というのは、発想やひらめきを後から論理化することができますが、機械学習が進むと、ブラックボックス化してしまって、人工知能が持っている知識を取り出すことができなくなる恐れがあります。そうしたときに、人工知能が何を学習したのか、解析する人工知能というものが開発されるとよいと思います。
もっとも、要らなくなる仕事ということで言えば、日本企業では経営者が要らなくなるかも知れませんね。

ー たしかに、経営やマネジメントというのは、統計的に解析して判断することが多いので、人工知能の方がいいのかも知れませんね。
木村さんが属するメディアの仕事はどう変わりますか?

木村:既に読者が機械になっています。自動でWeb上の情報を取得するクローラーを意識して、我々も記事を書くようになっています。書き手の部分では、データをもとに分析して語るような記事、たとえば決算の情報などは、記者でなくても人工知能が書くことができます。やがて読者も書き手も人工知能になるでしょう。将来は、日経AIが書いた記事を別のAIが書評するといった具合に。
ただし、先ほども話したように、今のところ着眼点や発想と言ったものは、人間しか持ち得ません。ですから、自分なりの独自な視点を持たない記者は生き残れないでしょう。
既存メディアの存在価値という点では、今やソーシャルメディアに溢れる情報の量は、既存メディアが発信する情報の量を凌駕しており、ここでも独自の視点や影響力を持ち得なければ、勝てない状態になっています。

自分なりの独自な視点を持たない記者は生き残れない。

何かに”役立つか”よりもいかに”おもしろいか”を追求してほしい

木村岳史02
ー 人工知能が今後どのような方向に発展していくことを期待されますか。

木村:「何かに役立つ」というよりも、とにかくおもしろいものを追及してほしいと思います。Pepperもやはりおもしろいから普及したのだと思います。いかにクールでおもしろいか。その方がワクワクするじゃないですか。
世界中の技術者が協力して、SkyNet(映画『ターミネーター』に出てくる、世界を支配する完全な人工知能)を本当に作れるのか挑戦してみるのも、おもしろいでしょうね。もちろん、万が一に備えてSkyNetに対抗する手段も検討しておかなければなりませんが。
ビジネスの視点でいくと、将来的には、企業には必ずAI監査役を置く、という法律を制定してほしいですね。

ー それは、私も賛成ですね。最後に人工知能の研究者、およびそれを伝えるメディアに必要とされることは何だと思いますか。

木村:まず研究者は、技術の中身ではなく、人工知能の機能などをわかりやすく説明することが必要ですね。メディアも「技術がわからない」ではダメで、深く理解したうえで、それを一般の人にわかりやすく説明することが必要です。
Alpha Goがプロの棋士に買ったというファクトだけではなく、なぜそれがすごいことなのか、そこをわかりやすく伝えていくことがメディアの役割ですね。

ー 木村さん、今日はどうもありがとうございました。

役立つよりも、とにかくおもしろいものを追及してほしい。


木村岳史プロフィール

日経コンピュータ編集委員。1989年3月に日経BP社に入社。日経ネットビジネス副編集長、日経ソリューションビジネス副編集長、日経コンピュータ編集長などを歴任。現在は、編集委員として、主に「経営とIT」の観点で記事執筆、講演などを行っている。
日経ITProの人気コラム「極言暴論」では、日本のITベンダー、企業のIT部門の仕事のあり方に対して辛口の論説を展開し、IT業界の変革を熱く語りかけている。
本コラムを再編集した著書「SEは死滅する もっと極言暴論編」を2015年に、「SEは死滅する 技術者に未来はあるか編」を2016年に続けて上梓。


構成・インタビュアー

吉岡英幸。株式会社ナレッジサイン代表取締役全脳アーキテクチャ・イニシアティブ広報委員
IT業界を中心にコミュニケーションスキル教育や組織変革のファシリテーションなどを手がける。2016年1月より全脳アーキテクチャ・イニシアティブの運営スタッフにボランティアとして参画。