第15回全脳アーキテクチャ勉強会「知能における進化・発達・学習」報告レポート

第15回全脳アーキテクチャ勉強会 全脳アーキテクチャ勉強会

本記事は、2016年6月14日(火) にトヨタ自動車株式会社 東京本社(トヨタ自動車株式会社様のご厚意による会場ご提供)にて開催されました、第15回全脳アーキテクチャ勉強会「知能における進化・発達・学習」の報 告書です。開催概要については下記のリンクをご覧下さい。


本報告書の概要

全脳アーキテクチャ(WBA)・アプローチによる汎用人工知能の構築においては、脳における多様な学習能力に対する理解にもとづいて、機械学習を結合して認知アーキテクチャとして実装してゆく。WBAアプローチからのシステム構築においては、アーキテクチャの設計と、その中にあるモジュールの機械学習に分離しようとしている。対して生物においては、進化で獲得した部分がアーキテクチャに対応し、成人があらたな技能や知識を獲得することは学習に対応するであろう。

しかしながら生物においてはその中間的な位置づけとして、発達という段階が存在し、そこではある程度想定された環境において、比較的定型的なかたちで能力を獲得しているとも言える。WBAは複数の機械学習が、複数の機械学習が結合されたこれは大規模な機械学習におけるスケジューリングなどにも関わる。

本勉強会においては、川合伸幸氏からは進化の観点から、岡田浩之氏からは発達の観点からご講演をいただき、その後に中村友昭氏を交えて機械学習の観点からパネル討論を行った。

1.オープニング(ドワンゴ人工知能研究所 山川宏氏)

発表資料:全脳アーキテクチャ勉強会「知能における進化・発達・学習」

WBAIの自己紹介

本日の勉強会は知能における進化・発達・学習がテーマとなりますが、その前にNPO法人全脳アーキテクチャ・イニシアティブ(WBAI)の目標と最近の動きを確認してお伝えしておきたい。全脳アーキテクチャ・アプローチは、汎用的に人のように色々な能力を経験から獲得する汎用人工知能(AGI)をいかに早く創りだそうかというのが目標となっている。 脳全体のアーキテクチャに学んで人間のようなAGIを作ることが目標であり、そのために脳の各機関を機械学習モジュールとして開発し、それを繋げて行く道筋を考えている。

ところでドワンゴ人工知能研究所においては、今春にはいり、大脳新皮質に対応する標準的なアルゴリズムを仮に想定し、研究が進みつつあるコネクトーム等の情報でネットワークを接続していき、それを更に海馬、視床、基底核などと繋げていくアプローチを検討していた。

一方で最近の人工ニューラルネットワーク(ANN)の研究を俯瞰すると、大量のデータを用いて特化的な機能であれば様々な事が実現している。そして、それら運動の学習や物の認識などの機能は、みな基本的にはCNN+RL+LSTMを組み合わせて実現している。そうであるならば、CNN+RL+LSTMの機能を分解して組み合わせた部品を、大脳新皮質の標準的な局所回路モデルとして構成できるのではないかと考えて検討を進めていた。

ところがそうした最中、先日(5月26日)に、それによく合うモデル(Deep Predictive Coding Networks)がアーカイブに掲載された[1]。これは新皮質を参考にした予測符号化(Rao,1992)をベースとしており、CNN、LSTMといった最近のトレンドも汲み、それと比肩しうる性能を持つ。また大規模並列化にも適応しそうなため、有望と考えている。このモデルを検討するため準備は十分できなかったが「超緊急!全脳アーキテクチャ研究ハッカソン」を開催し、約70人が参加した。まだモデルを動かせていないが、みんなで動かそうとしている。引き続きまた集まる予定。(後日、このモデルは桑田純哉氏により完成された。)

以前より、NPO法人WBAIとしては、オープンな形でAIを開発するエンジニアらによるのコミュニティと共に進むのが良いと考えている。AIには社会に対するリスクといった面もあるため、クローズドな開発よりオープンが望ましく、米国でもそういった潮流がある。そこでNPO法人WBAIは、オープンな開発がしやすいように環境を作っていくことが大切と考えており、LIS、BiCAmon、BriCA等周辺のツールを開発したり、テーマを掲げてハッカソンを開催する等の活動を行っている。そしてその周辺に広がるフロンティア領域の研究者に対して、一定の支援を行っていきたい。こうして技術が生み出されてWBAの開発が加速すると共に、成果を企業に持ち帰ることで競争力の強化にも繋がる事を期待している。

本日のテーマ

全脳アーキテクチャと進化・発達・学習が本日のテーマ。全脳アーキテクチャは、機械学習を組み合わせて認知アーキテクチャを組み立てるアプローチである。そこで今回は、まず川合信幸氏から「人に至る進化」について説明を頂き、岡田浩之氏から「子供の発達」について説明を頂く。続いて中村友昭氏より機械学習の観点からどうかという話を頂き、それを含めてパネル討論に加わって頂き、議論を深めて行きたい。

参考文献

[1] W.Lotter, G.Kreiman, D.Cox. Deep Predictive Coding Networks for Video Prediction and Unsupervised Learning 2016

2.「ヒトの知性の進化」 (名古屋大学 川合伸幸氏)

進化に関心を寄せる理由

私のバックグラウンドは心理学で、ヒトや多種の動物を比較して強化学習などを研究してきた。発達についても研究していて、生まれる前の子の学習や、高齢者の研究をしている。 知性の進化を考える時、関心を持たれる方向が2つある。1つは、ヒトの賢さは他の動物と比べてどのような特徴があるかを明らかにしたいという事。もう1つは、ヒトのような知性を持つロボットを作るための入り口として役に立つのではという期待があるだろう。

進化論に対するインテリジェント・デザイン説

デカルトに代表される、動物やヒトが神によって創られた精巧な機械のようなものとする考え方は長らくヨーロッパにおいて支配的で、ダーウィンがヒトと動物の連続性を主張した時には拒否反応があった。現在までなお続く進化論への反発として、人間のように精巧な生き物が偶然の積み重なった進化の産物であるはずがなく、何か神様的な大きな力によるインテリジェントなデザインに基づいて出来ている、という考えがある。
そういったものに対する文化的背景として、ヒトと動物を区別する地域としない地域がある事に気がつく。一神教のヨーロッパ・アラブなどに対してアジアでは様々な動物が神となるが、これと一定の対応関係を見せるのが世界の猿の生息域である。ヨーロッパには猿が存在しない。その違いがヒトと動物の距離を近いと見るか遠いと見るかに影響したのではないか。

動物の学習能力について

動物はどれほどの学習能力、高次な思考や推論ができるだろうか。ニューロンが302個の線虫にすら学習能力がある。

行動制約

動物では行動の価値を学習できても、行動の遂行は制約されているという特徴がある。ザリガニなどでは脳の集権化が進んでいないという問題があるが、高等と思われるラットにおいても同様の特徴が明らかになっている。光が点いたらエサを貰うためにレバーを押す事は簡単に学習できる。光が点いたら電気ショックを避けるために走って逃げる事も学習できる。しかし光が点いたらレバーを押して電気ショックから逃れるという行動は、光とショックの関係を理解していてもできるようにならない。ある状況(食餌)に合わせて取りうる行動のレパートリーは決まっており、別の状況(退避)には別のレパートリーがある。それは階層性を成していて、退避が必要な時には食餌行動に似たレバー押し行動と言った階層をまたぐ行動を選ぶことができないようである。しかし行動レパートリーと干渉しない時(霊長類では殆ど無い)、かなり複雑な行動を教える事ができる。

記号の意味の理解

チンパンジーは10種の色を見て、対応する漢字を選ぶ事ができる(対称性は成立せず、漢字→色は別に教える必要がある)。また1から9の数字を順に選ぶ事もできる。表示された数字を同時に5つほどは覚えておく事もできる。ヒトの幼児と比べれば負けない程度に賢いように見える。しかし、ヒトは20までの数え方を教われば規則性を理解し、それ以降はどんな大きな数でも数えられるようになるのに対し、チンパンジーには1は1、2は2としか捉えられず、体系として理解する事ができない。

推移律

「A>Bで、B>CならばA>C」が解るのはヒトでは7歳ぐらいとされる。チンパンジーに色に順番を付けて教えると、教えていない2つの順番を推移律で推論して答えられる。順番の離れている2つの方が答えが早い象徴距離効果も見られる。しかし更に色と漢字の対応を教え、漢字によって同じ問題に答えさせる事は失敗している。

保存の概念

体積などの保存の概念について、ヒトが理解するのは11歳程度。動物ではカラスの実験が有名。細い容器の中で直接取れない深さの水面に浮いているエサを取るために石などを放り込み、水面を上げて取る事ができる。様々な条件に優秀な対応を見せるが、同じ水位で直径の違う2つの容器を見せた時、水位を上げやすい細い方を選ぶ判断はあまりできなかった。その場で学習はあまりしていないようで、初めから出来るか出来ないかである。動物はある程度の推論・洞察ができるが、前提となる知識や技能の獲得には膨大な時間が必要である。

ヒトはどうやって賢くなってきたか

ヒトの脳はチンパンジーの3倍もあるが、長い進化があった。猿は一般に樹状生活における立体的な資格処理のために大きな脳が必要だったことが言われている。しかし猿の中でも食性の違いと脳の大きさに関係がある。消化が悪いがどこにでもある葉を食べるホエザルの脳は小さく。他方ハイカロリーだが取れる場所と時期が限られ、熟し具合を見分ける必要のある果物を食べるクモザルの脳は大きい。大きな脳を持つ事は非常にコストがかかり、新生児だと基礎代謝の2/3は脳が使う。道具の製作と使用が我々を賢くし、それを賄うエネルギーを獲得してきた。

猿人・原人を含む人類の放散過程と脳容積の増大
  • 600〜200万年前:人類の祖先はほぼアフリカ東側にだけ生息していた
  • 250万年前:石器ができて、アフリカ中に放散
  • 150万年前:別の石器ができて、ヨーロッパやアジアまで拡大
  • 4万年前以降:世界中に拡大

最初の石器(オルドワン技法)を使って原人は死肉の骨髄を食べて脳を大きくしてきた。アシュレアン技法でナイフのような石器が作れるようになった頃(150万年前)から、植物の地下茎を食べながら生息域を北へ広げて行き、80万年前にはヨーロッパへ。またこの時期、火の使用も始まった。調理する事でカロリー摂取が効率的になった。

  • 250万年前:アウストラロピテクス・アフリカヌス:脳容積420ml
  • 50万年前: ホモ・エレクトゥス:脳容積937ml

石器の進歩や火による調理等を覚えながら人類の脳容積は次第に増大してきた。賢くなる事と、脳の要求エネルギーが増える事が、互いを求め合いながら進化してきた。

道具を作り使うのに必要な想像力

何かを道具にしたり、形状を変えて作り出すには、今無いものを想像する力が必要となる。動物もある程度はこの力を持っている。カラスは短い棒を使って長い棒を引き寄せ、手にした長い棒で穴の奥のエサを取れる。チンパンジーも石を道具にする事はできる。しかし動物の道具はその場限りのもの。カンジ(ボノボ)は訓練しても石器を作る事ができなかった。

ヒトに固有の重要な特徴

ヒトは特別に「まね」をしたがる霊長類であり、互いに教え、教わろうとする性質が強い。何かを指示する「ゆび指し」が猿には伝わらない。ニュートンは「巨人の肩の上に立つ」という言葉を使った。一個体の力などたかが知れているが、ヒトが獲得した技能や文化は世代を超えて受け継がれ、蓄積し発展させて行ける。そこから人工知能を考えると、何かエージェントに0から学習させてみても我々の知能とは異なるだろう。我々は他人から教わった事の上げ底分が極めて高い。ヒトのような知性を作るにはその観点が考慮されないと、難しいだろうと考える。

質疑応答

Q:ヒトと他の動物の脳で、生物学的な違いはあるのか。
A:基本的な構造はほぼ同じ。ただ言語関係で違いがあり、左脳のブローカ野がヒトは非常に大きいが、チンパンジーでは殆ど非対称性が無い。

Q:では環境によっては、例えば言語によらない、その動物に得意な処理に合わせて教育ができるようにして知識の蓄積を行っていけば、動物も人間と同等の知能を獲得できるのか。
A:例えば人の顔を上下逆にするとヒトには分からなくなるがチンパンジーはすぐに分かる。課題によってはヒトより得意な事もあるので、彼らの能力を活かせば、ある意味で我々を凌ぐような知性を発揮する事は十分可能と考える。

3.「発達する知能 -ことばの学習を可能にする能力-」(玉川大学 岡田浩之氏)

発表資料:「発達する知能 -ことばの学習を可能にする能力―」

今日は言語発達のお話をしたいと思います。現在私が行っているのは幼児の言語発達についてですが、これを理解する事で人工知能の開発にも何かしら役に立つ知見が得られると思います。よろしくお願いします。

ではまず発達がどういうものかについてですが、これには方向性と順序性があると言われています。個体によって発達の速さには違いがあるが同じ順序を辿って発達する、発達の順序に従って、途中形成された機能を土台にして、より洗練された機能へ進化する、こういったことが言われています。もう一つ発達について言われているのがヒトの発達はU字型の経過を取るということです。機械学習と違ってヒトの発達というのは途中で一度パフォーマンスが落ちる時期があります。なぜこのようなことが起こるかという点については様々なことが言われているのですが、はっきりとしたことはわかっていません。さらに一つには語彙爆発という現象があります。これは幼児がある時期を境にして一日8-10語という驚異的な速さで言葉を学習していくということですが、最近の研究では実際は多くても4語未満ではないかとも言われています。

今日は、この発達における方向性と順序性、U字型の発達、語彙爆発という3点を抑えた上で現在私が行っている研究の紹介をしていきたいと思います。

生まれたての赤ちゃんは未熟で真っ白の存在だと言われることがありますが、現在はこういった考えはほぼ否定されています。赤ん坊というのは実は生まれつきかなりのことができていて、これを足がかりに色々な能力を発達させていくのではないかと考えられています。現在私達が行っている研究は幼児の言葉の発達についてですが、その中でも音象徴とreferential insight の形成、もう一つは推論の対称性というものに取り組んでいます。この2つの能力がどのようなものなのか、またそれを実証するためにどのような研究を行っているのかについて説明していきます。

言葉の獲得ということを考えた時の大きな問題に記号と意味の結びつけ問題があります。私達はこの問題よりもさらに前の段階の、そもそもなぜ音に意味があるのかという気付きの部分について研究をしています。これはヘレン・ケラー問題と言われていますが。彼女はある日、言葉に意味があるということに気づいて、ある時急に喋れるようになりました。赤ん坊も言葉という記号に意味があるということに気づく時期があると思うのですが、これがいつ、どのようにおこるのかについて研究をしています。具体的な研究ですが、赤ん坊にはオノマトペのような音象徴に対する生得的な感受性があるのではないかという仮説に立って、ことばを話し始める前の11~12ヶ月の赤ん坊にブーバキキ課題に類似した刺激を十分に与え馴化させた後に刺激を入れ替えた時、脳波にどのような変化が起こるかについて調べました。これは日本人やイギリス人、中国人、アメリカ人でデータを取りましたが等しくブーバキキのような音象徴への感受性があることが示されました。こういった結果から喋る前の段階でreferential insightのような音への感受性があり、これをもとに言葉を発達させているのではないかということが考えられました。

言語の獲得を考える上でもう一つ重要なものに対称性推論というものがあります。対称性推論とは、リンゴを見て「りんご」という記号が対応することを一度覚えると、「りんご」という言葉から逆にリンゴがどれかということが自動的に理解できるという現象です。また視覚刺激⇆音刺激⇆記号という学習が成立すると視覚刺激⇆記号という推移的な関係性も自動的に成立します。これは刺激等価性と言われるのですが、こういった当たり前のような現象は実はヒト特有の現象であり、チンパンジーなどでもできないことが報告されています。この対称性推論や刺激等価性が生まれつきヒトに備わっている能力なのか、あるいは出生後、言語を獲得する以前の段階で学習して獲得するものなのか、あるいは言語を習得していく中で獲得するものなのか。またこの対称性推論がことばではない音や聴覚と触覚といった複数のモダリティの間でも成立するのかという問題に現在取り組んでいます。具体的な実験方法としては生後8ヶ月の赤ちゃんを対象に、異なる2つのオブジェクトがそれぞれ異なる軌跡で動く動画を見せ、その軌跡が入れ替わった時にどれほど反応するのかという方法で対称性推論の成り立ちについて明らかにしようとしています。またチンパンジーを対象に同様の動画を見せ、どのような反応を示すか現在経過を見ているところです。

以上をまとめると言語学習を可能にする能力として音象徴とreferential insight の形成があります。つまり言語音には指示対象があるということに気付くことです。もう一つは推論の対称性の問題があります。このふたつが言語発達のベースになる原素的能力と思われ、現在この面の研究を進めています。

質疑応答

Q:今、音象徴と対称性のお話がありましたが、ヘレン・ケラーの場合音が聞こえないわけで、彼女の場合音象徴に対応するのは何だったのだろうか。
A:彼女の場合はおそらく触覚であったかと思われる。

Q:そうすると言語野は介在しないのか。
A:難聴者を対象にした研究では触覚の意味理解課題において言語野が活動することが示されている。仕組みはわかってはいないが感覚と対象の意味を結びつけるような仕組みがあるとは思われる。

Q:対称性推論の研究についてだが、これは推論ではなく刷り込みがおこって記憶による想起が影響するということはないだろうか。
A:記憶の影響を少なくするための実験上の工夫は行われているが、本当に推論しているかどうかはハッキリとしたことは言えない。

4.パネル討論:「汎用人工知能に発達は必要か?」

発表資料:「 汎用人工知能に発達は必要か?」

要旨

本セッションでは、まず、中村氏による問題提起を頂き、その後発達が汎用人工知能に必要であるか、というテーマについて、パネルディスカッションによる議論が行われた。

中村氏による問題提起では、まず、確率的モデルを言語獲得ロボットへの取り組みについて紹介された。中村氏の提案する確率モデルは、マルチモーダル情報や、人とのインタラクションによって、概念と言語の相互学習が可能なモデルとなっている。そして、中村氏は、自身の研究と照らし合わせて、発達の工学的定義について提案し、モデルが徐々に複雑な構造に変化していく事を発達と定義することで、汎用人工知能に発達が必要であるとの考え方を示した。

パネルディスカッションでは、問題提起に基づく、発達の必要性と汎用性についての議論が成された。川合氏と岡田氏は、質的に違うところへと行くことが発達であり、中村氏が提案した発達の見方は心理学的な見方とは異なっていた。そして、岡田氏は工学的に質の違いを定義していくことは難しいと指摘した。汎用人工知能についての議論は、山川氏が経験やインタラクションから学んで、能力を獲得していくヒトの汎用性について挙げられると、岡田氏は、汎用性を必要と述べた上で、ヒトの汎用性が時間が進むにつれて汎用性を失う傾向を示した。川合氏は、汎用人工知能を考える上で、機械学習の考え方は、「教える」「学ぶ」が欠如しているとし、教えることを軽視せずに研究を行って欲しいとの見方を示した。広いテーマを扱われた今回のパネルディスカッションではあるが、機械学習としての見方と心理学としての見方の違いは非常に興味深く、会場も盛り上がった。

パネリスト:

名古屋大学 川合伸幸氏
玉川大学 脳科学研究所 岡田浩之氏
電気通信大学 中村友昭氏

モデレータ:

ドワンゴ人工知能研究所 山川宏氏

問題提起(電気通信大学 中村友昭氏)

ロボットによる概念・語意獲得

中村氏は、概念を「知覚情報のクラスタリングによって形成されたカテゴリ」として工学的に定義する。ロボットに与えられた動画像、音声、センサーの知覚情報をそれぞれ視覚、聴覚、触覚情報としてとらえ、ロボットが概念を形成するマルチモーダルLDAモデル=カテゴリ分類モデルを構築する。このモデルによって学習されたカテゴリ分類問題は、視覚、聴覚、触覚情報全てを活用することで、正確に物体をカテゴリ分類することができる=概念をモデルによって生成できる、ということが示された。つまり、人間と同じような知覚情報をロボットに持たせることで、人間と同じような概念を獲得することができるのではないかという可能性を考えられる。また、マルチモーダル情報として、単語を追加することで、単語からその単語に相当する概念を感覚的に理解できる。

ロボットによる語彙の獲得

前節で紹介された研究は、語彙を持っていることが前提であったが、本節では、語彙を学習によって獲得する研究について紹介された。語彙を獲得する際の問題は、音声の認識や、単語の切れ目の理解に問題があるが、言語知識と概念形成の相互学習によって、ロボットは教示された音声を認識しながら、教示を与える人間とのインタラクションによって、徐々に掴んだ物体の語彙を答えられるようになっていく。
人工知能に発達は必要か?

中村氏は発達という言葉を「学習を繰り返すことで徐々に性能が向上すること」と定義する。この定義によって、前節までで紹介した研究は発達している、と考えることができる。特に、学習によってモデルの構造が変化し、カテゴリ数を推定しながら自動的に決定することによって、精度の高い学習を実現することができる点は、ここで定義された発達という現象によって、単純なモデルから複雑なモデルに変化していくことを示している。中村氏はこのモデルの構造変化を発達とするのであれば、発達は人工知能に必要であるとの見方を示した。

パネル討論

■山川氏
発達ということを機械学習という点からとらえることが、全脳的には大事な側面であると考えている。同時に、発達の前提にあるものは、なんらかの構造があると考えている。例えば動物の場合は進化に対応するような構造を考えることができる。機械学習のようにデータによって構造が決まる場合もある。そうした事前に与えられる(遺伝的に決まるような)ものと、データで構造が決まるもの、それについて進化と発達の点から話を伺いたい。

■川合氏
中村氏の研究は、概念の獲得の経緯などを見ると非常に面白いが、発達という定義においては、心理学の考え方とは異なっている。発達とは、「質的に違うところに行く」ことを意味している。例えば「いない、いない、ばあ」という遊びで、手で隠れた顔をいないものと認識するか、後ろに顔が隠れていると認識するか、という境目は年齢的に分かれる。これは徐々にそうなるものではなく、年齢とともに急にわかるようになる。なので、中村氏の研究にあった徐々に学習によって精度を上げる、学習を効率化する構造は、質的な変化を観測できていないので、心理学で考える発達とは異なると考えられる。

■中村氏
発達がそういった定義なのであれば仕方ないと考えているが、言語の獲得自体は発達ではないと考えられているのか。

■川合氏
言語の獲得については、確かに順序もある。しかし、臨界期もある。人に育てられなかった子供が10歳から急に喋れるようにはならない。つまり、何歳からでも、順序立てて徐々に学習していけば言語を話せるようになるということは人間には言えない。喃語から徐々に文章になっていくことは事実だが、それは喃語が文章を考えているのではく、音を切る練習をしている。つまり、順序の中で質が変わっている。

■岡田氏
確かに発達を心理学的に見れば、中村氏の研究は発達していると言えないというのは同意できる。中村氏の話はエルマンネット等の研究に近く、オンライン学習や、徐々にモデルを複雑にしていくという主張自体は90年代ごろからあった。しかし、発達のような質的な変化をどういう風に定義していくか、これは工学では難しいと考えている。

■中村氏
先ほど、いないいないばあによって、後ろに人間が隠れている、いないを認識する例を川合氏が挙げられていた。その話について、機械学習的に、学習によって獲得できると考えるのはどうか。隠されている裏にものがある、という経験を何度かしていくうちに、そのことを認識できるようになると考えることはできないか。

■岡田氏
恐らくそこが発達の考え方としては違うような気がしている。その考え方は学習であって、発達とは言えなくなってしまう。発達はだんだんと経験して、学習して、というものではない。乳児のレベルでそこまで沢山の経験ができるわけではないし、経験していなくてもできるようになっていたりする。

■川合氏
機械学習的には、ヒトが歩くまでのプロセスを、ハイハイをして、その後歩く、と考えているかもしれないが、実は歩くということは年齢的にできてしまう。有名な研究で、ずっと背負っていただけの赤ちゃんも、歩ける年齢になると歩くことができる結果がある。つまりハイハイを経験しなくても歩くことができる。高さの知覚なども、年齢的にできるものなので、そこが経験によって学習することが発達していることになる、ということとは違う点になる。

■中村氏
その立つ、歩くについては、他の経験が繋がっていると考えることはできないか。他の要因によってそれができていることを考えることができると思う。

■山川氏
機械学習的には、One Shot Learningを例に、他のデータから、新しいデータに対して、拡張的に考えることができる。今日の講演で出た例に関しても、経験による蓄積が生きていると考える点は多いような気がしている。例えば、背負われている乳児でも、背負われている段階で視覚的な情報などを学習していて、ある程度概念が形成された時に、情報が加わると、単一の情報が与えられるよりも多くのことを認識できるような仕組みがあるような気がしている。

■中村氏
学習していくと、新たなサンプルに対しても、新しいカテゴリとして学習ができるというのはありうる。

■山川氏
modalityを超えた学習、例えば中村氏の研究の中で、物体の概念を獲得できているから、記号の接地が単一で学習するより学習しやすくなっている。つまり、三次元空間を移動するという概念が、経験的に蓄積されていると、他のことを推定できるようになるなど、複数のmodalityが融合することによって、できることがかなり拡張されているように感じるが。

■岡田氏
それについても、また発達とは異なると考えられる。できるかできないか、といった。綺麗に分かれる境界線がある。徐々に学習しているからできるようになったというものではないというのが多くある。

■川合氏
ある程度学習しているところで、何かをポンと入れると、新しい状態に到達するというような状態が、実現されると、発達らしい仕組みとして面白いと思う。そして、その発達の仕組みが工学的にあることが、知能というものを研究していく時に有用だと思う。

■岡田氏
私もそう思う。そういうモデルがあれば、我々のやっていることを説明できる気がする。

■山川氏
話を全脳的な話題について伺いたい。発達の研究に関しては、新皮質などの計測などからやられていたりするか。

■岡田氏
やられていない、MRIなどを使ってやったとしても、大人と子供の脳波が違うので、同じノウハウが使えないため、発達の段階で、脳を見て研究している研究者はなかなかいない。

■山川氏
最後に、汎用性について議論したい。少なくともヒトの汎用人工知能を考えれば、経験から得て、インタラクションから学んで、能力を獲得していく汎用な生物だと考えられますが、汎用性と発達の絡み合いについてどうか。

■川合氏
汎用性とは?

■山川氏
人工知能の場合で言えば、極端ではあるが、AlphaGOは囲碁しかできなかったが、人間は囲碁もできるし、買い物などもできる。ネズミも複数のタスクができる。そういった汎用性のことを指している。

■川合氏
実は動物の汎用性は低いと考えている。今日の資料の中でも対称性がない、など話したが、動物は対称性のあるものでも、個別に教えて行かないと学習ができない。動物は確かに環境に対していて、自分たちの知識を活かして、十分に汎用的に生きていると考えられるが、人間のフェーズに入ると、それは汎用とは言えない。

■岡田氏
汎用は必要だとは考えている。赤ん坊は生まれた土地の言葉をしゃべるようになる。これは当たり前で、そして汎用だと考えられている。しかし、年齢とともに徐々にできなくなっている。確かに赤ん坊は汎用ではあるが、いつまでも汎用ではない。子供はなんでもできる気がするが、育てば育つほどできないことが増えていく。

■中村氏
それは、時間が進むにつれて、必要のない世界の部分については学習しなくなるということで、それはこの汎用人工知能というものの捉え方としては正しいと考える。ここでは、汎用人工知能が、環境において、学習し、適応することができれば良いのであるから。

■岡田氏
ある種、発達していけば、汎用から専用になる。みなさんの多くが、日本語だけしか喋られないように、必要なかったものは学習できなくなっていく。

■山川氏
時間が迫ってきたので、最後に一言ずつ。

■川合氏
教える、学ぶが抜けている気がしている。教師あり学習とかをなんとなく言いつつ、使ってはいるが、教師あり学習は実は非常に難しい。ロボットがロボットに何かを教えるような、機械による機械への教師あり学習を考えるときには、教えるということをあまり軽視してはいけない。教えるということをもっと意識してもらえれば、良いものが作れると思う。

■岡田氏
20年ほど前から山川氏と汎用人工知能を作ることに関して議論をしていた。赤ん坊の研究をしていくと、赤ん坊の時が一番汎用で、成長に従って徐々に能力を捨てながら学習をしていくようなイメージがある。汎用人工知能を作ることが赤ん坊を作るということであれば、ある意味役に立たないものを作ってしまうことにもなってしまう。汎用の考え方によってはそういったことになるので、そうはならないように研究を進めてほしい。

■中村氏
川合氏の話していた教えることの重要性については、実は紹介した実験の中では、ロボットの能力、状態に応じて、人の教え方が変わってくる、ということを検証しようとしていた。しかし、ロボットの見た目なども関係して、教示を行う学生が飽きてしまった。今後は、教える重要性をもう少し加味できるような学習設定をしていけたらと思う。

■山川氏
今回のパネルディスカッションは、広いテーマで非常に難しかった。岡田氏の言う、赤ちゃんが役に立たない汎用性を持つ、という話はそうだと思う。 おそらく汎用人工知能というものは、学習を通じて役立つようにに特化してゆくし、そうならざるをえないのかと思う。こうした汎用人工知能の性質については今後も考えてゆきたい。

謝辞

本レポート記事の作成は、WBAIボランティアスタッフを中心に行われました。心より感謝申し上げます。

  • 対馬 悠介(電気通信大学)
  • 佐藤 洋平(オフィス ワンダリングマインド)
  • 芦原 佑太(株式会社クロスコンパス/電気通信大学)
  • 山川 宏(株式会社ドワンゴ 人工知能研究所)