私が初めてWBAIと関わりを持たせていただいたのは、全脳アーキテクチャ勉強会「コネク
トームと人工知能」に講演者として招待していただいた2016年3月のことである。私は当
時、マウスの脳を対象にシナプス分解能の神経回路配線図(コネクトーム)をX線/電子顕
微鏡を用いて3次元的に再構築する仕事をボストンで行っていた。その時のコネクトーム
研究は、脳の情報処理機構を考える上で基礎的な形態学的知見になると信じ、神経生物学
的な視点で取り組んでいたが、本勉強会に招待されたことで、コネクトーム情報を用いて
人工知能を開発しようとしている人たちがいることを知り、これまでに感じたことがない
衝撃を受けたとともに、脳型の人工知能を開発するという大きな志に非常に強い興味を持
つきっかけとなったのである。
その約半年後、上記の勉強会がご縁となって私は日本へ帰国し、WBAI代表の山川さんが所
長を務めていたドワンゴ人工知能研究所で一緒に仕事をさせていただいた。人工知能ブー
ムのような世間の風は吹いていたものの、コネクトーム情報を用いてどのように脳型人工
知能を開発することができるかという方法論と向き合うことになる。私がそれまでに行っ
ていたコネクトーム研究は、非常に微細な構造までを標的に神経回路の情報処理機構を考
えていたが、WBAIのアプローチは機能ごとにある程度区切った脳領域を統合する形で汎用
人工知能の実現を構想していた。その中で、私はメソスケールの実験科学的な神経回路情
報に基づき、大脳新皮質のドップダウン/ボトムアップ信号に関する情報処理的意味付け
を考えたり、触覚に関するハッカソンを実施して、視聴覚器で成功している人工的なニュ
ーラルネットワークを体性感覚器に拡張する試みなどを行っていた。その期間は2年弱と
短いものであったが、それまでの自分にはなかった工学的な視点から研究のアプローチを
取ることができたことは非常に貴重な体験であった。
このようなことがきっかけとなり、脳と人工知能という観点で多くの仕事や情報が自分の
耳に入ってくるようになった。今となっては、人工知能を活用して生命科学的な視点で人
々の生活を良くしたいという研究や社会実装が中心となっているが、上記のような経験が
なければ、現在の仕事につながるようなご縁もなかったと思っている。これからも自分が
今できることを基軸に挑戦を続けながらも、WBAIのアプローチが、より良い人間の暮らし
を実現する上でなくてはならない存在になる日が訪れることを期待している。今後も長い
時間をかけて、生物学的な脳科学としての知見と、工学として人工知能開発のアプローチ
が融合していき、人類にとってかけがいのない大きな財産を生み出すのではないかと強く
感じている。