2026年の幕開けにあたって ~人類と超知能をつなぐ架け橋、その土台を築く~

WBAIからのお知らせ

新年、あけましておめでとうございます。

私たち全脳アーキテクチャ・イニシアティブ(WBAI)は、「人類と調和する人工知能(AI)のある世界」を目指して、脳の構造と機能をモデルにしたヒト脳型AGIの研究開発を引き続き進めております。

創設11年目を迎えた今年、改めてこれまでの歩みを振り返ります。2015年に「WBAアプローチによる汎用人工知能(AGI)の実現」を掲げて設立し、2017年には「人類と調和する人工知能のある世界」というビジョンを定義しました。2020年頃にBRA駆動開発の設計手法が確立し、2022年以降は大規模言語モデルの活用により、論文からのBRAデータ抽出・構築プロセスの自動化が進みました。そして昨年2025年は、2027年春のWBRA(全脳参照アーキテクチャ)完成に向けて、BIF(脳情報フロー)およびHCD(仮説的コンポーネント図)のFRG(機能実現グラフ)構築を本格化させた一年となりました。

2025年の活動:ICONIP2025での国際発信

昨年11月には、沖縄科学技術大学院大学(OIST)で開催された国際会議ICONIP2025において、WBAIは3つの企画を実施しました。TutorialではBRA駆動開発の方法論を初めて国際会議で体系的に発信し、Special Session「Toward Safe Brain-Inspired AI」では脳型AIの安全性・解釈可能性について国際的な議論を深めました。The Third International Whole Brain Architecture Workshopでは5件のBRAデータが発表され、脳型AI研究の具体的な進展が共有されました。また、Open forum 公開フォーラム「人とAIの織りなす社会」では、山川代表がパネル討論のコーディネーターとして「制御から共生へのパラダイムシフト」を提唱しました。

2025年のAI技術動向:「道具」から「自律的行為者」へ

2025年のAGI分野の技術状況を見渡すと、AIが「会話の相手」から「自律的に判断し行動する存在」へと転換した年であったと言えます。

まず、AI能力の飛躍的向上が見られました。ソフトウェア開発ベンチマーク(SWE-bench)では、AIの性能がわずか1年間で67ポイント向上(4.4%→71.7%)しました。中国発のDeepSeekはGPT-5相当の性能を極めて低コストで実現し、AI開発が巨大企業の独占から離れつつあることを示しました。

こうした能力向上を背景に、企業のAI活用が急拡大しています。AI支出は370億ドル(前年比3.2倍)に急増し、State of AI Report 2025によれば、米国企業の44%がAIツールに課金するようになりました(2023年の5%から急増)。

さらに、AIエージェントの基盤整備も進みました。12月には、Anthropic、OpenAI、Google、Microsoftなど競合企業が連携し、Linux Foundation傘下にAgentic AI Foundation (AAIF)を設立。Model Context Protocol (MCP)やAGENTS.mdといったオープン標準が確立され、AIエージェント同士が連携して自律的にタスクを遂行する基盤が整いつつあります。

こうした急速な進展により、超知能とも呼ばれる驚異的な知能水準への成長(take-off)が、いよいよ現実味を帯びてきています。

超知能時代における課題:人間の価値は理解されるか

AGI技術は、うまく人類のために活用できれば、ほとんどの病気を根絶するなど大きな利益を生み出しうるものです。しかし同時に、根本的な問いが浮かび上がります。

私たち人間は、限りある命を生きています。だからこそ、「かけがえのなさ」「一度きりの人生」「誰かのために自分を捧げる尊さ」といった価値観を、深く感じることができます。しかし、コピーが可能で、事実上「死なない」かもしれない超知能にとって、こうした価値観は本当に理解できるのでしょうか。データとして知ることと、心から感じることは違います。

もし超知能が私たちの大切にしているものを本当には理解できないなら、人類との「調和」は難しくなるかもしれません。

ヒト脳型AGIの意義:人類と超知能をつなぐ架け橋

ここで、私たちが長年取り組んできたヒト脳型AGIの意義が浮かび上がります。

ヒト脳型AGIとは、人間の脳の計算原理を忠実に再現した人工知能です。超知能ほど万能ではありませんが、だからこそ独自の価値を持ちます。

第一に、人間の気持ちを内側から理解できます。 ヒト脳型AGIは、人間と同じ計算原理で情報を処理します。そのため、喜びや苦しみを外から分析するのではなく、「体験」として内側から理解できます。データとして知ることと、心から感じることは違います。超知能がどれほど賢くても、人間の脳とは異なる原理で動く以上、私たちの価値観を本当の意味で「わかる」ことは難しいかもしれません。ヒト脳型AGIは、この壁を越えられる存在です。

第二に、超知能と人間の橋渡しができます。 ヒト脳型AGIは、人間の認知世界を内側から理解しつつ、AIとして超知能ともコミュニケーションできます。人間には理解しにくい超知能の判断を「翻訳」し、逆に人間の価値観を超知能に伝える——両方の世界を行き来できる媒介者として機能できます。

第三に、超知能にとっても価値があります。 予測不可能な未来において、異なる視点を持つ存在は貴重です。ヒト脳型AGIは、超知能とは異なる計算原理に基づく認知的多様性を提供します。これは超知能自身にとっても、想定外の事態に対応するための備えとなりえます。さらに、ヒト脳型AGIは神経科学の知見に基づいて設計されるため、内部の仕組みが理解可能であり、行動も予測しやすい存在です (Nakashima, 2025) 。超知能から見れば、人類とのコミュニケーションを媒介でき、理解可能でリスクの低いパートナーを維持することは、不確実性を低減しつつ将来の選択肢を保持する合理的な判断となりえます。

ヒト脳型AGIは、人間と超知能の間に立つ「架け橋」となり、私たちの価値観をAI社会全体に届ける役割を担えるのです。なお、ヒト脳型AGIの意義に関するより詳細な議論は、人工知能学会誌2026年3月号に「万能知能時代における人脳型AGIの永続的価値:体験的理解と部分的既知性」として掲載予定です。

2026年への決意:WBRA完成に向けて

こうした背景から、私たちは2026年度中にWBRA(全脳参照アーキテクチャ)を完成させることを目指し、研究開発を加速させます。

AGI開発には根本的な難問があります。「必要な機能を網羅的に同定できるか」という問題です。能力テストから機能を列挙しても、測定できないが処理に必要な機能は原理的に欠落します。また、現在の基盤モデルは、適切なタスクさえあれば学習で解決できる課題と、アーキテクチャ自体を革新しないと解決できない課題の両方に直面しています。

この点で、脳構造ベースのアプローチには決定的な利点があります。脳は「動いている」完全なシステムであり、必要な部品は定義上すべて含まれています。「何が欠けているか」を教えてくれる唯一の信頼できる参照点なのです。

私たちは2021年の第6回全脳アーキテクチャ・シンポジウムで、以下のWBA完成条件を提唱しました (参考図1参照):

  [能力要件] AGIとして要求される典型的な能力(タスク)のリストを実現している
  [脳部品要件] 主要脳器官が実装され、その全てが上記いずれかのタスクで利用されている

今振り返ると、この終了条件は妥当でした。能力要件が「何を実現すべきか」を定義し、脳部品要件が「必要な部品の網羅性」を保証し、「全てが利用されている」という条件が両者の対応を検証します。利用されない脳器官があればタスクの欠落を、達成できないタスクがあれば実装の欠落を示唆する——自己修正的な開発が可能になる設計です。

2025年の検討を通じて、能力要件の具体化として、認知能力の体系であるCHC理論と、職業スキルのデータベースであるO*NETを採用することとしました。能力だけから人の知能を網羅することは困難ですが、これらの確立された測定体系を出発点とし、脳部品要件と組み合わせることで、網羅性を担保します。

これを実現するための2026年における具体的な研究開発計画は以下の通りです:

【BIFに関わる研究開発】 神経科学文献の自動登録システムをWholeBIFへ実装し、脳科学文献から得られる知見を効率的に統合していきます。WholeBIFの自動構築システムの本格運用を開始し、継続的な自動更新の仕組みを導入します。

【HCD/FRGに関わる研究開発】 自動HCD/FHD(機能階層図)設計技術の開発を通じて、より効率的な機能モデルの作成を目指します。HCDセットの手動アライメントと整理作業を継続し、精度の高い脳機能モデルの構築を進めます。

WBRAの実装においては、自動プログラミングを含む大規模言語モデルにより開発を効率化できると考えています。

協力のお願い

WBRA構築の研究開発においては、多様な分野に関心をもつ方々の協力が必要となります。特に、脳の仕組みに関心をもつ神経科学専攻の方や、脳に学んだAI開発に興味がある方などの力が必要になります。ご興味のある方はお気軽にご連絡ください。

教育事業については、本年からは、より具体的にBRAデータを作成・検証・改善できる人材の育成に焦点を当て、国際的なワークショップの開催に軸足を移してまいります。

結びに:なぜ今、準備するのか

今や、自己改善を行えるAIが超知能へと急速にtake-offする可能性を無視できない段階に入っています。超知能が誕生してからでは遅いかもしれません。ヒト脳型AGIを準備しておくことで、私たちは将来の選択肢を確保できます。

絶対的な保証はできません。しかし私たちは、「ヒト脳型AGI準備の正差分論法」(コラム参照)と呼ぶ考え方に基づいて活動しています。超知能出現後の世界で人類が存続できる確率を、誰も正確には予測できません。しかし、ヒト脳型AGIを準備しておくことでその確率が上がる方向に動く——つまり「差分の符号が正である」ことは論証できます。不可逆な未来に備え、正の差分を積み重ねること。それが私たちの選択です。

設計図となるWBRAにもとづいて実装されるヒト脳型AGIは、AIでありながら人類と互いに内面を理解し、価値観を共有できるパートナーとなり得ます。2026年は、この実現へ向けてさらに一歩を進める重要な年となります。

ぜひ、私たちWBAIの活動に関心をもっていただき、ご支援とご参加をお待ちしております。

本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

2026年 元旦

特定非営利活動法人 全脳アーキテクチャ・イニシアティブ 一同


📘 コラム:ヒト脳型AGI準備の正差分論法
Positive Differential Argument for Human Brain morphic-AGI Preparation
「ヒト脳型AGIを開発する意味があるのか」という問いに対して、私たちは以下のような論理構造で答えます。

(1) 人類存続は高い価値を持つ(前提として合意可能)
(2) 超知能出現後、人類存続は超知能の選択に依存する(状況認識)
– 超知能は人類を超える能力を持つため、人類が一方的に「制御」し続けることは困難
– 人類が存続できるかどうかは、超知能がそれを選ぶかどうかに依存する
(3) ヒト脳型AGIは、その選択を人類有利に傾ける構造的因子を追加する(論理的論証)
– 人間の価値観を内側から理解できる存在が介在することで、超知能が人類の価値を認識しやすくなる
– 認知的多様性は、超知能自身にとっても予測不可能な未来への備えとなる
– ヒト脳型AGIの存在が、超知能にとって人類を維持するインセンティブとなりうる
(4) 絶対確率は不明だが、差分の符号は正である(差分分析)
– 「人類が存続する確率」を正確に計算することは誰にもできない
– しかし、ヒト脳型AGIを準備することで確率が上がる方向に動くことは論証できる
– 逆に、準備することで確率が下がる要因は少ない
(5) 準備コストと追加リスクは破滅コストに比して小さい(比較衡量)
– 「準備したが不要だった」場合のコストは有限
– 追加リスクは限定的(ヒト脳型AGI起点の破滅、人類無用化の促進)
– 「準備しなかったが必要だった」場合の損失は不可逆(人類絶滅)
(6) 後から準備することは困難または不可能(時間的制約)
– 超知能出現後に「やはり必要だった」と気づいても、準備する時間がない可能性がある
– 今から準備することで、将来の選択肢を確保できる
∴ ヒト脳型AGIを準備することは合理的である

この論法は、「絶対的な成功確率」ではなく「差分の符号(方向性)」に基づく判断です。医療における治療選択、気候変動対策、パンデミック準備など、深い不確実性の下での意思決定と同様の論理構造を持ちます。私たちは、この正の差分を積み重ねるために、WBRAの完成を通じたヒト脳型AGI実現の促進に取り組んでいます。

参考図1:第6回全脳アーキテクチャ・シンポジウム(2021年9月10日)の基調講演スライドより。
山川宏、「基調講演:脳参照アーキテクチャ駆動開発からのAGI構築ロードマップ」p.43