近年、計算機により人のような知能を実現する技術である人工知能(AI)が社会に浸透しつつあり、身近な応用(自動運転,質問応答システムなど)のニュースを耳にすることも多くなりました。今後AIは、産業や科学の各分野を発展させること等を通じて社会や人々の生活に大きな経済的価値をもたらし、特に人類にとって重要な価値を持つ医療技術や気候変動技術などを大きく進歩させるでしょう。さらに人工知能技術は加速度的に発展し、遅くとも今世紀中にはヒトのように柔軟な知性を持つ汎用人工知能が実現するでしょう。
近年の深層学習の発展により、今後AIは大きく進歩する兆しを見せているものの、現状では世界の理解に基づくコミュニケーション能力や、多くの能力を経験から複数の問題解決機能を獲得しつつそれらを柔軟に組みあわせる能力には限界があります。現状では高度な創造的な知能は発揮できず、意外にも人間にとってはそれほど難しくない家事のような手作業を苦手としています。
今後さらに、様々なタスクに特化したAIは深層学習をはじめとする機械学習を組合せることで急速に進歩していくものと思われますが、人の知能のように多くの問題を幅広く扱う能力を獲得できる汎用人工知能を完成させるには、多数の機械学習器を有機的に結合しつつ、全体として学習能力を発揮させるための新たなアーキテクチャが必要とされます。
これを実現する現存するアーキテクチャは、唯一人間の脳だけであることを考えれば,適切な範囲で脳を模倣することは極めて妥当なアプローチです。最近まで脳全体のアーキテクチャに関する神経科学的な知見は乏しく難しいものでしたが、ようやく近年の世界規模での神経科学への投資により、脳全体のメゾスコピックな結合構造(コネクトーム)は明らかになりつつあり実現の契機となる状況へと変わりつつあります。
こうした技術的背景から、神経科学知見を参考にしながら機械学習を組合せる全脳アーキテクチャは,今だからこそ可能になった汎用人工知能への到達に至る有力な選択肢と考えられます。
一方で、AIがもたらす社会へのインパクトは非常に大きいと予想されています。たとえば人々の職業に対する速すぎる変化、自律的なAIの決断がもたらす損害の扱い、知的能力においてAIに凌駕された場合の人の尊厳、AIへの過度な感情移入、AIを犯罪などに用いる危険性など多岐にわたります。私達の社会がこの技術のもたらす変化に備え、なおかつ、人類が技術の恩恵を共有しうる、技術開発の姿が国際的に模索され始めています。そこで私達は、開かれた研究開発コミュニティが主導した形で、汎用人工知能が実現されることが次世代の人類社会にとって最善であると考えています。
そこで私達は、人類社会と調和した人工知能の発展に資する開かれた研究開発コミュニティによる汎用人工知能の技術開発を長期的に支援するため、公益性の高いNPO法人として全脳アーキテクチャ・イニシアティブを設立しました。
今後私達は、世界初の汎用人工知能の構築にむけて、関係する諸分野の研究者のネットワーキング、脳の各器官を模した機械学習モジュールやそれらを結合するソフトウェアプラットフォーム等の研究開発を実施します。こうして全脳アーキテクチャの研究開発を推進しながら、あわせて勉強会など実施することで次世代を支える研究者・技術者の育成を進めてゆくつもりです。
ここで我々は自らの研究成果や開発技術のオープン化を目指すとともに、各研究機関や企業等も同様の研究開発のあり方を実践できるよう、開かれたコミュニティの形成に邁進してゆく所存です。
2015年9月15日