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『ゲームAI開発者三宅陽一郎が語る』主体性を持つ汎用人工知能開発には、哲学を足場にしていくことが不可欠

『みんなで考える人工知能の未来』では、人工知能の研究に専門的に携わる方だけではなく、広くビジネスや経済、教育などの分野で活躍しておられる識者の方々に、人工知能に関するご意見をお聞きしていきます。

人工知能技術の発展には、専門の研究者による研究活動だけでなく、社会全体の理解が必要です。研究者だけではなく、ビジネスや経済、文化の面で活躍しておられる方は、人工知能をどう見ているのか、幅広い視点でご意見を伺うことで、人工知能研究に必要な環境づくりのヒントを得たいと思います。

今回は、大手ゲーム会社でリードAIリサーチャーとして、10年以上に渡りゲームにおける人工知能開発の第一線で活躍される三宅陽一郎氏に、人工知能と哲学の関係ついてお話をお伺いしました。

リアルタイムの体験を提供するのがゲームの人工知能

三宅陽一郎インタビュー1

― 三宅さんは、ゲームに活用する人工知能技術の開発に取り組んでおられますが、ゲームにおける人工知能の特徴的なところは何でしょうか。

三宅:いい質問ですね。一つはリアルタイムであること。プレイヤーがゲームをしている時間内で、何かを実現するための人工知能が求められます。ゲームというのは、30分の1秒に1コマの画像を生成するのですが、その30分の1秒の単位で、「逃げる」、「戦う」といった意思決定をしなければなりません。それを実現するための人工知能なのです。
他の分野の人工知能、たとえばデータ解析などで使う人工知能というのは、1日かかっていた計算を少しでも短くしようと、当然スピード化の努力をしますが、ゲームの人工知能は、最初から30分の1秒で何かを意思決定するために設計されているのです。
ゲームの分野の人工知能は、この15年間で独自の進化を遂げています。どちらかというとロボティクスの分野に近い進化の仕方をしていますね。

― どのような点が、ロボティクスに近いのでしょうか

三宅:身体を持っていることです。ゲームにはキャラクターがありますので、主体という概念が必ずあります。そこがロボットと同じところです。また、身体を連続的に動かさないといけないので、常に時間が連続的に流れる中で、自分と世界を予測しながら意思決定をしていきます。これもロボティクスと同様に要求されることです。

知能を持ったキャラクターとプレイすることで、より刺激的なユーザー体験が得られる

― ゲームの場合、プレイヤー自身が意思決定するものが多いと思いますが、人工知能が意思決定するものとは、どのようなものでしょうか。

三宅:そこがゲームのランクを左右するところでもあるのですが、もっとも進んだものは自分で目標を決めます。敵の基地を攻撃する、ダイヤモンドを奪う、誰かを助けるといった目標です。その次に、プランニング。目標を達成するための行動を決めます。これらは非反射型の意思決定とも言います。これに対して反射型と言われるものは、「ボールが飛んできたら、よける」と言ったものですが、もっとも基本的な意思決定です。

ゲームというのは、もともと反射型で作ってきたのですが、この10年間は、より抽象的なゴールを自分自身で作り、プランニングをする。しかも、それをリアルタイムで実現することをめざして、人工知能が積極的に活用されるようになってきました。

― そのように、人工知能が自分で意思決定できるようになると、ゲームの魅力というのは、どのように進化していくのでしょうか。

三宅:ゲームの目標は、ユーザーの体験を創造することです。人工知能によって、どんな体験を提供できるのか。たとえば、戦闘ゲームなどでは、環境を認知して、自分で意思決定し、自律した人間のように振る舞う人工知能のキャラクターと一緒に戦うことで、一層の臨場感を味わうことができるでしょう。
仲間のキャラクターが、ピンチのときに助けてくれる、自分の代わりに犠牲になってくれる、もしくは敵のキャラクターがこちらの手の内を予測して攻撃を仕掛けてくる、と言った、自分以外のキャラクターに知能を感じる行動を体験することで、ゲームにおけるリアリティというのは、一層高まっていくでしょう。

ゲームの目標は、ユーザーの体験を創造することです。人工知能によって、どんな体験を提供できるのか。

現象学のアプローチが汎用人工知能開発には必要

三宅陽一郎インタビュー2

― そんなゲームにおける人工知能開発者の三宅さんが、今回、「人工知能のための哲学塾」という著書を上梓されましたが、そもそもなぜ「哲学」なのでしょうか。

三宅:まず、汎用人工知能を創るということに私はとても興味があります。実は、囲碁をやる人工知能など、問題特化型の人工知能が全体の90%を締め、実用性も高いのですが、ロボットやゲームのキャラクターには身体がありますから、知能そのものを創らないといけません。

知能そのものを創ることとは、人間の脳は、どのように空間を把握するのか、どうやって知識を蓄積していくのか、と言った、人間が内側から体験している現象を対象化しようとする試みになります。
自然科学は、さまざまな自然や現象を対象化し、合理的な法則で説明しようとすることですが、知能は完全に対象化することが難しいので、自然科学だけでは、知能を理解するには不十分なのです。
人工知能を創るためには、科学、工学以外の側面で、立脚点となるものが必要で、それが哲学であると私は思っています。哲学は人工知能を築くための足場となるのです。それが電気・電子製品や化学製品を創ることは違う、知能の内面を創るためには必要なことなのです。

― 三宅さんは、哲学の中でも特に、フッサールの提唱する現象学が人工知能の研究に重要であると述べておられます。

三宅:実は哲学にもいろいろな変遷があり、物事をすべて対象化して理解しようとするのが、デカルトに代表される機械論的なアプローチで、これに対して、自分が内側から体験しているものを感じとるというアプローチが、現象学というものです。私は、この現象学的アプローチが、人工知能を考える際の立脚点になると思っています。
哲学における、このような探求の仕方は、1900年以降のもので、比較的最近の話なのです。私自身、中学のころから現代哲学に興味を持っており、人工知能を研究していくうえでより深く探求するようになり、哲学は人工知能の研究に不可欠のものだと思うようになりました。そこで、これまでの哲学の変遷をふり返りながら、人工知能との接点をわかりやく理解していただくために、この本を書きました。

― この本を読んで、哲学の歴史そのものが、人工知能で今いろいろと議論されていることを俯瞰的に表現しているように感じました。

三宅:「知能とは何か」を探求することが哲学と言えるので、人工知能を語るための言葉がたくさん用意されているのですが、実は、エンジニアというのは、「人間とは何か」、「知能とは何か」という、哲学的なアプローチがあまり得意ではないのです。具体的なテーマに絞って成果を出すことに意識が向いています。しかしながら、汎用人工知能のようなものを創ろうとする場合は、哲学のように、「知能とは何か」ということを全体的に考えることが必要になると思います。

人工知能を創るためには、科学、工学以外の側面で立脚点となるものが必要で、それが哲学であると私は思っています。哲学は人工知能を築くための足場となるのです。

人工知能と哲学の接点を理解するための「人工知能のための哲学塾」

三宅陽一郎インタビュー3

― 今回の著書のタイトルである「人工知能のための哲学塾」というのは、2015年から2016年にかけて全6回で開催されたセミナーのタイトルでもあるのですね。

三宅:先ほど申し上げたように、人工知能の研究に携わるエンジニアの方は、哲学的な方向で考えるのではなく、あくまで工学的に考える人ばかりで、自分のように哲学を足場として人工知能を考える人はほとんどいないと思っていました。しかし、Facebookなどで哲学と人工知能に関する発信をしていると、意外に興味のある人が多いことがわかりました。そこで、そういう方たちと接点を持ち、一緒に哲学に関する知識を整理するためにセミナーを開くことにしました。

― どれくらいの方が参加されていたのですか。

三宅:毎回50名の定員いっぱい来られました。半分はゲーム関係、あとはITエンジニアや、哲学を研究する方、純粋に人工知能に興味を持っている方など、さまざまな分野の方が参加されました。
現代哲学の変遷を追うように、毎回、時代を代表する哲学者の考え方を私が紹介する講義の後に、テーマに沿ってグループでディスカッションをしていただき、最後に発表をします。いろんな考えがあり、いろんな意見が出ますので、その内容を聴いているのはおもしろいですね。

― 三宅さんのベースになっている、哲学が人工知能を考えるうえでの足場になるべきだ、という考え方に参加者は共感していましたか。

三宅:まず、私の講義の内容を既に知っている人は少なく、「そんな考え方があるんだ」という風に新しい発見があり、そこに共感することで、リピートする方が増えていきました。こういう考え方に共感する人がたくさんいるとがわかったことが、私自身の発見でもありました。

人工知能と哲学の接点を理解するための「人工知能のための哲学塾」

― 哲学と人工知能が密接に関連しているというのは、よくわかります。では、哲学、中でも現象学を理解することが、人工知能の研究にどのように役立つのでしょうか。

三宅:我々は、ゲームの世界で、主体性を持つ汎用人工知能を創ろうとしています。この場合、物事を完全に対象化して考えるデカルト的機械論では限界があり、経験の中から主体性を見出すという、現象学的アプローチが必要になると思います。
簡単に言うと、機械論のアプローチは、外から見て「知能を持っているように見える」ふるまいをする人工知能を創ることで、現象学的なアプローチは、中から主観的な知能を創る、ことです。ゲームのプレイヤーから見ると、この違いは、はっきりわかります。
現象学の考え方の中では、世界というものを、常に自分の経験の中でとらえようとします。
このような考え方を足場にしていくことが、汎用人工知能を創る際には重要だと思っています。

―わかるような気がします。私は、ファシリテーターという職業をしており、議論をファシリテーションする際には、議論のメンバーや状況を客観化して観察しようとしていますが、完全に客観化することは不可能で、どのように認識するかは、常にファシリテーターの主観が影響しています。

三宅:そうですね。「他者」という概念は、自分と完全に切り離して対象化した「他者」としてとらえることもできますが、「他者を認識している自分」という中での「他者」の概念もあるのです。
汎用人工知能が主体性を持つものだとすると、常に世界は自分の経験の中でとらえるものであるとする現象学の考え方を基礎に置くことが、とても重要になります。

―今後「人工知能のための哲学塾」の活動はどのように展開していく予定ですか

三宅:セミナーは今後も継続していきたいと考えています。これまでに紹介したテーマだけでなく、東洋哲学など、哲学の領域は広く、取り上げたいテーマはまだまだたくさんありますので。

―この活動を通して、今後どのようなことを実現していきたいとお考えですか

三宅:人工知能の研究者に哲学的な観点を広げていきたいですね。人工知能とは人間にとって何なのか、自分にとって何なのか、を知りたい人は多いと思います。哲学と自然科学、工学を結びつけられるのは、おそらく人工知能だけでしょう。そういう考え方を伝え、広めていくことは専門家の役割だと思っています。

―三宅さん、今日はどうもありがとうございました。

汎用人工知能が主体性を持つものだとすると、常に世界は自分の経験の中でとらえるものであるとする現象学の考え方を基礎に置くことが、とても重要になります。


三宅陽一郎プロフィール

ゲームAI開発者。京都大学で数学を専攻、大阪大学(物理学修士)、東京大学工学系研究科博士課程(単位取得満期退学)。デジタルゲームにおける人工知能の開発・研究に従事。IGDA日本ゲームAI専門部会設立(世話人)、日本デジタルゲーム学会理事、芸術科学会理事、人工知能学会編集委員。共著『デジタルゲームの教科書』『デジタルゲームの技術』 翻訳監修『ゲームプログラマのためのC++』『C++のためのAPIデザイン』(SBCr)『はじめてのゲームAI』(WEB+DB PRESS Vol.68、技術評論社)。近著に『人工知能のための哲学塾』(ビー・エヌ・エヌ新社)、『絵でわかる人工知能 明日使いたくなるキーワード68』 (SBクリエイティブ)がある。


構成・インタビュアー

吉岡英幸。株式会社ナレッジサイン代表取締役全脳アーキテクチャ・イニシアティブ広報委員
IT業界を中心にコミュニケーションスキル教育や組織変革のファシリテーションなどを手がける。2016年1月より全脳アーキテクチャ・イニシアティブの運営スタッフにボランティアとして参画。

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