第2回 全脳アーキテクチャシンポジウムを開催しました part1

NPO法人全脳アーキテクチャ・イニシアティブ(WBAI)は、長期的に「脳全体のアーキテクチャに学び人間のような汎用人工知能(AGI)を創る(工学)」を掲げ、全脳アーキテクチャ・アプローチによるAGI研究開発を促進している。2015年8月に創設されて以来、このミッションの実現に向けて主に人材育成と研究開発促進を中心とした活動を行なっている。
(※AGI: 汎用人工知能、Artificial General Intelligence)
昨年より、私達の活動状況や今後の方向性を皆様に伝えてゆく場として、全脳アーキテクチャシンポジウムを開催している。創設2周年を迎える2017年8月下旬において、「Beneficial AGIへ」をテーマに第二回目のシンポジウムを開催した。

シンポジウム開催詳細

日 時:2017年8月29日(火) 13:00~17:20 (12:30開場)
場 所:ラゾーナ川崎東芝ビル15F 神奈川県川崎市幸区堀川町72番地34 (株式会社 東芝様のご厚意による会場ご提供)
定 員:350名
参加費:無料
主 催:NPO法人全脳アーキテクチャ・イニシアティブ (運営支援: WBAIサポータズ)
後 援:人工知能学会
後 援:神経回路学会
後 援:株式会社 東芝
後 援:ドワンゴ人工知能研究所
後 援:新学術領域研究 人工知能と脳科学の対照と融合

講演スケジュール

司会進行:さかき漣
【第一部:脳の汎用性からAGIへ】
13:00 – 13:05「オープニング」
13:05 – 13:30「汎用性を実現するために脳から学ぶべきこと」(山川宏)
13:30 – 13:55「記号創発ロボティクスが目指すAGI ~表現学習を超えて~」(谷口忠大)
13:55 – 14:20「人工知能の意識と汎用性」(金井良太)
14:25 – 15:05「パネル討論1:汎用性・自律性・意識を脳に学ぶ」(モデレータ:大森隆司、パネリスト: 金井良太、谷口忠大、山川宏)
15:05 – 15:20 休憩

【第二部:授与式】
15:20 – 15:25「WBAI活動功労賞」
15:25 – 15:30「WBAI奨励賞」

【第三部:次第に汎用化するAIが社会にもたらすもの】
15:35 – 15:50「AGIを人類と調和させるためにWBAIができること」(山川宏)
15:50 – 16:15「深層学習の以前・今・これから」(松尾豊)
16:15 – 16:30「AGI とマーケティングの未来」(坂井尚行)
16:35 – 17:15「パネル討論2:TBD」(モデレータ:高橋恒一、パネリスト: 松尾豊、坂井尚行、山川宏)
17:15 – 17:20 閉会のあいさつ

【第一部:脳の汎用性からAGIへ】
「汎用性を実現するために脳から学ぶべきこと」(山川宏)

概要:
AI研究において深層学習の発展がもたらしたインパクトは大きく、データが大量に得られるタスクにおいての問題解決は実用レベルとなってきた。そこで、データが不十分な領域においても仮説を生成することでベターな判断や解決策を見出す汎用的な知能への興味が高まっている。
未知の場合も含む課題を解決するには、知識の再利用性、自律性、そして知識の多角的な組み合わせが重要となる。知識を再利用・組み合わせて効果的に未知の状況に対応し、その対応によって有用な知識を新たに得て、適応範囲を広げる、という相乗効果が期待される。
NPO法人WBAIでは、こうした汎用性や自律性をもつ知能を支える認知アーキテクチャとして、脳を参考にすることが技術的に有望であると考え、様々な事業を行っている。
例えば、協創開発を促進するためのオープンな開発プラットフォームを整えつつあり、それを利用してWBAプロトタイプの完成を目指したハッカソンの開催をこの9月に行う。また、人材育成事業として、これまでも全脳アーキテクチャ勉強会などで知識の共有を進めてきた。今後は「Neuro Inspired COmputing To AI スクール」(NICO2AI)を開催し、神経科学の専門的知識を有しながら、脳型の認知アーキテクチャ(いわゆるWBA)を設計して開発する人材を育成することも図る。

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「記号創発ロボティクスが目指すAGI ~表現学習を超えて~」(谷口忠大)

概要:
人間の子供は、自らの身体的経験、感覚運動情報の統合を通じて言語を獲得し、コミュニケーションをも可能にする。このような、実世界経験に基づく言語の獲得をロボット(AI)において実現させようというのが「記号創発ロボティクス」だ。
この課題をクリアするには、「シンボル」の理解が重要となってくる。シンボルには文字からハンドサインまで色々なものがあるが、言語として成立するためには、それが指す意味が個々人の脳内だけに留まらず、社会において共有されなければならない。
谷口氏は、「シンボルグラウンディング問題」について、問題の立て方が間違っているのではないかという疑問を抱いている。この問題では、シンボルを脳やロボットの内部に明確に定まった表象とみなして、「どのようにグラウンディングさせるか」を考えている。しかし、実際にはシンボルというのは柔軟に変化するものである。
従来の表現学習を超えて、内的表象系と社会に創発的に存在する記号系を扱うには、実世界マルチモーダル情報を重視した、身体性に基づく学習が必要だ。谷口氏らは、空間把握とシンボルを結び付けるSpCoSLAMなどを提案している。実世界AGIに向け、情報の自己組織化による認知システムの実現を目指している。

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「人工知能の意識と汎用性」(金井良太)

概要:
脳から意識がどのように生じてくるのかという問題は、現代科学において答がでておらず、「ハードプロブレム」とも呼ばれている。主観的経験を、直接的に科学的な手法で扱うことは難しい。
アラヤのミッションは、「意識を人工的に創り出すことで、意識を理解する」こと。
汎用人工知能においては、知能は機能的内容により定義され、主観的経験の有無とは無関係とされがちだった。しかし、客観機能は内的メカニズムを規定するという「作業仮説」の立場に立てば、外部に作用する機能を持つ知能は自動的に内的構造を持つ。このとき、知覚内容(クオリア)は外部刺激で決まるのではなく主体的に生成されたものであって、意識は汎用性の高い知能の実現に深く関わっている可能性がある。
アラヤは、神経科学的知見から、感覚運動の関係性を学習した生成モデルによる反実仮想的な状態生成が意識の有無に関わっているという「意識の情報生成理論(反実仮想的情報生成理論)」を提案する。
意識の機能とは、現在の感覚入力と乖離した状況を感覚信号として生成し、それを未来の行動の計画などに利用することと言える。逆に考えれば、自分の環境における状態の予測を生成することの出来るシステムは、「意識を持つ」と言えるのではないか。

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「パネル討論1:汎用性・自律性・意識を脳に学ぶ」(モデレータ:大森隆司、パネリスト: 金井良太、谷口忠大、山川宏)

概要:
第一部の三つの講演を受けて、パネル討論が行われました。
討論のお題は、
1. 汎用性とは何か?
2. 脳におけるシンボル(記号)とは何か?
3. 技術者にとって脳に学んでAIを作る魅力は何か?
の3点です。

質問1: 汎用性とは何か?

谷口)道具としての知能を作るのか、自律的な知能を作るのか。Artificial Generalについて、「汎用」、すなわち「汎に用いる」という訳だと、大事なところが抜け落ちてしまっているのではないか。
山川)言及しきれなかったが、生物にとっては、新しいタスクに柔軟に対応できる汎用性は、生存のために必須だ。
金井)今の汎用性の定義の弱点は、「学習の過程」が入っていないことだと考えている。そして、学習の際にあらゆる状況を想定するとうまくいかないため、身体性などある程度の制限は必要だ。どれだけの速さで学習できるのか、といった指標も大事になる。
谷口)AIの研究にある難しさというのは、オープンワールドであるということ。閉じた世界を仮定することができれば、問題は簡単になる。「オープンな世界の中で生きていきながら学習していく」というのは難しく、人工生命などはそこに取り組んでいたわけだけれども、今のAI研究はそこを捉えられていない。
金井)自発性と、複数の課題ができるという意味での汎用性には関わりがあるのではないか。報酬の関数を随時うまく変えるようなメカニズムなど、持っている知識をどう使うかという点において。
山川)講演でも触れたが、メタレベルの機能として、学習で獲得した知識を組み合わせる能力が必要、特に人間レベルの知能という面では大事だろう。

質問2: 脳におけるシンボル(記号)とは何か?

谷口)記号創発に興味を持ったのは「意識」に興味を持ったから。人工知能の研究を志す人が、「意識」に興味を持つケースは多い。しかし、どう具体化していくかが分かりにくく、落とし所としたのが意識的思考と言語的思考を結びつけることだった。重要なのは、「生物の記号、動物の記号のほとんどは生得的」だということ。我々人間は発達の過程で言語を新しく作ることができる。そうした「生後獲得的」な部分が人間の言語の自由度・複雑性の原因となっている。
山川)AutoEncoderのようなもので表象(リファレンス)を作る研究が進んでいるけれど、それに対して記号的なもの(リファレント)を組み合わせるような、人間のように概念獲得をする研究も進んでいるのだろうか。
谷口)我々の学習は、モノの名前や概念を学ぶとき、自分の感覚だけでなく他者がそれをどう呼んでいるかに大きな影響を受けている。そういうのに内部表象の形成が作用を受けていることは考えられるし、考えるべき。他人の記号を受け入れないと、社会ではうまく生きていくことができない。
金井)でも、他者の間で共有されているものに、ある程度の「正しさ」があるからなのでは?
谷口)我々は、異なる身体性を持った生き物と会話をしたことがなく、記号を共有できるか分かっていない。実は、記号創発ロボティクスやAGIの研究というのは、人間以外の存在と人間は言語的コミュニケーションが可能かという人類史上始めてのチャレンジでもある。
金井)統合情報理論の観点からすると、例えば「りんご」という言葉を出したときに、味や手触りなど、潜在的に表現しうるものはたくさんあって、それが意味。統合情報理論においては「コンセプト」という名前が付いている。そういう「意味」と、谷口さんが考えている「意味」というのは近いのではないか。我々は、意識というものが統合されているのが重要だと思っている。いま自分がやるべきタスク・価値のあることが行動の根源にあって、それに必要なモジュールをどう選んでいくかというトップダウンの判断に統合のメカニズムがあるのではないか。
山川)金井さんの言うように、意識によるトップダウン判断によってネットワークが単純化できるというのは大事なことだと思う。汎用性の評価をやろうと思ったとき、複数の課題をなるべく少ないモデルで実現する、というのと関わりがあるのではないか。同じタスクを少ない技術量でできるものほど、汎用性は高い。

質問3: 技術者にとって脳に学んでAIを作る魅力は何か?

山川)機械学習を組み合せてAIを作っていこうとすると、様々なトレードオフが生じてくる。たとえば、深層学習では深くすれば精度は上がるかもしれないが、処理時間がより長くなってしまう。そうしたトレードオフの妥協点を探るために、生物が生存するためにどう設計しているかといったあたりは参考になるだろう。
谷口)脳というのは、知能の大先輩。脳を見ていてもよく分からなかったのだけれど、計算論的にやっていて良いアイデアが見付かり、そこで脳を見直してみると「これをやっていたのか!」と改めて気付くということがある。脳に学べばすぐに作れるというわけではないが、そういうイテレーションを繰り返すことで、両方が両方に刺激や気付きを与え、本質に近付いていくことができるのではないか。
金井)脳に学んで実装していこう、という理論は確かにあると思うのだけれど、脳自体がよく分からないので、むしろこれを知るためにAIが必要になるのではないか。そして、人工知能のデザインにおいては、意外と心理学が役に立つのではないかと思っている。三つ巴の関係になっているような気がする。

(以上、敬称略)