概要
NPO法人全脳アーキテクチャ・イニシアティブ(WBAI)では、「脳に接地した」形での認知アーキテクチャの構築を進めています。これを支援するために、ドワンゴ人工知能研究所は、認知アーキテクチャのダイナミックな活動状態を、三次元表示したコネクトーム上にマッピングして可視化するためのモニタリングツールBiCAmon (Biologically inspired Cognitive Architecture monitor)を開発しました。
技術的背景
神経科学の知見を人工知能の研究に役立てようというアイディアは、目新しいものではありません。これまでも有名な認知アーキテクチャであるACT-Rの活動状態をFMRIの実験結果に対応付ける研究などがありました。しかし現在ようやく、脳の機能的地図としてのメゾスコピックレベルのコネクトームが整備されたことで、本格的に脳と対応づいた認知アーキテクチャの研究が可能になりつつあります。
BiCAmonの構成
BiCAmonは、様々な計算機プラットフォーム上での認知アーキテクチャ開発において簡便に利用できるように配慮しました。そこでBiCAmonと認知アーキテクチャとの通信は一般的なソケット通信とし、画面の表示は汎用のウェブブラウザを利用できる環境としました。
BiCAmonの構成を図1に示します。認知アーキテクチャは任意のプラットフォームで記述された表示対象であり、APIを呼び出すコードを挿入し、活動状態が送信されます。「BiCAmon server」はPythonの実行環境があるWindows、Mac、Linux上で動作する(Mac, Linuxは動作確認済み)。「BiCAmon client」はWebGL対応ブラウザ上で、そのスクリプトが実行され、描画が行われます。
図1 BiCAmonのシステム構成
紹介ビデオ
以下で、BiCAmonが動作している際のビデオを紹介します。ここではマウスのメゾスコピックレベルのコネクトーム[1]を用いています。脳の各領野の位置座標情報はからALLEN SDKを利用してALLEN BRAIN ATLAS上の実験データベースにアクセスして取得した。図中において認知アーキテクチャの構築ツールとしてはNengo[2]を利用しています。
ビデオ1: BiCAmon中での、視点を移動、ノードを検索などを示す
ビデオ2:移動ロボット(シミュレーション)を制御する
認知アーキテクチャの内部状態を表現した
主な機能
以下でBiCAmonの機能を説明します。
- 基本機能:
- 構造表示機能: 脳の各領野に対応するノードの位置情報と体積情報、及び領野間の接続の構造を三次元表示する。
- 探検機能: 直観的操作(マウスやトラックパッドを用いる)により、様々な位置と方向に視点を移動できる。
- モニタリング機能: 認知アーキテクチャの機能単位の活動状態をを対応付けられたノード上にダイナミックに表示する。(認知アーキテクチャ上の活動単位は、しばしばBiCAmon上の複数ノードに対応付けられる。)
- キーワード検索機能: ツールボックスに検索語を入力し、黒色のボタンをクリックすることで、ノードを検索できる。検索方式は前方一致検索であり、複数回の検索はOR検索に対応する。また、検索結果として詳細情報が画面左下に表示され、それぞれの×ボタンを押すことで、検索結果から対象ノードを除外できる。
- ハーフモード切り替え機能: 緑色のボタンをクリックすることで、脳の半球表示・非表示を切り替えることが可能である。
BiCAmonを利用した全脳アーキテクチャの開発
BiCAmonを利用することで、認知アーキテクチャの活動状況の可視化がなされ、その内部状態を理解が促進されます。しかしそれ以上に重要な事は、以下のように開発をプロセス通じて、最終的には認知アーキテクチャのを脳のメゾスコピックなネットワーク構造に対応付けできるだろう。
- 最初は、センサー/モータ/意思決定などというように、脳と粗く対応づけられた原始的な認知アーキテクチャを作成し、そこに対応づく機能的活動を特定しBiCAmonに表示する。
- その後は以下の様な分散共同開発プロセスが進められるようになる。
- IT技術者は、脳内の特定の局所神経回路に対応付ける形で、認知アーキテクチャの詳細化した開発や改良を進められる。このため必要な神経科学的知見が限定され、IT技術者の参入が容易になる。また脳との対応づけを考えるうちに新たな情報処理のアイディアが浮かぶ可能性もある。
- 神経科学者は対応づく認知アーキテクチャにもとづいて神経活動に対する機能的な仮説を持てるようになる。こうした仮説を利用した実験をおこなったり、その仮説をさらに詳細化したモデル化が可能になる。
二番目の二つのプロセスのいずれにおいても,認知アーキテクチャの動作と神経活動の比較のために本ツールは有用であろう。想定される動作状況としては、安静時の機能的神経結合 (RSFC)、及び、様々ん課題の遂行時などが考えられる。
多くの研究者/技術者が、BiCAmonを利用することでコネクトームがもつ接続情報を利用しながら、脳を参考にした認知アーキテクチャ開発ができるようになるでしょう。こうして神経科学と人工知能の垣根を超えた共同作業が促進されると期待しています。
公開について
本プログラムのソースコードの正式版は、後日にApache License v2に基づきNPO法人WBAIから正式に公開する予定です。(ドワンゴで開発中の現状版については,こちらからダウンロードしてご利用いただけます。 )
開発者:
清丸寛一(同志社大学 学部4年・当時)、大澤正彦(慶応大学 修士2年・当時)、山川宏(ドワンゴ人工知能研究所・当時)
参考文献:
- Oh SW, et al. A mesoscale connectome of the mouse brain. Nature (2014) 508, 207–214. doi:10.1038/nature13186
- Eliasmith C. How to Build a Brain A Neural Architecture for Biological Cognition.(2013), Oxford Series on Cognitive Models and Architectures.
現在、関連資料が公開されています。
Hirokazu Kiyomaru1, Masahiko Osawa and Hiroshi Yamakawa, BiCAmon: Activity monitoring tool on 3D connectome structures for various cognitive architectures, Front. Neuroinform. Published on 18 Jul 2016 , doi:10.3389/conf.fninf.2016.20.00025