2020年度活動方針

2019年度アニュアルレポートから抜粋

脳のアーキテクチャーを基盤とした知能設計への注目が高まる中、私たちは、2020年度においても教育事業と研究開発事業として以下をおこなう予定です。

教育事業(人材育成事業)

本事業の目標は、全脳アーキテクチャ・アプローチからの研究開発に必要な、人工知能、神経科学、認知科学、機械学習などの異なる専門性を同時に備えた学際的な人材を長期的に育成・増加することにあります。本年度も例年の活動を継続し、複数回の勉強会を開催すること、年次のシンポジウムを開催することで一般の関心を喚起します。

ハッカソン(おそらくオンラインの国際コンペティション)を開催することで、WBAへの興味を持つ研究者・技術者・学生の増加をはかります。国内外の外部学術イベントへの参加・協力、外部学術団体との協力・情報交換などを行うことを通じ、当法人の進展状況をアピールしてゆきます。外部の研究者・技術者およびグループとの協力により人材育成、巻き込みをはかります。

WBAI奨励賞の候補者を公募し、脳型AGIの(国内外の)技術開発の促進において、波及効果の高い開発成果を残した方々を評価することで、コミュニティの活性化をはかります。

研究開発事業

本事業の目標は、全脳アーキテクチャ・アプローチによる外部での研究の先導と促進によりオープン・プラットフォーム上で民主的なAGI研究を加速することです。つまり、私たちは既存のWBA研究に関わる研究機関等と競合しないように活動を進め、情報交換などを行ったり、オープン・プラットフォームを利用した具体的な機械学習モデルの実装などといった研究の活性化をすすめます。

2020年度、私たちは2019年度に策定したWBRAの記述フォーマットであるBIF形式に従って、脳型AIの開発に役立つ形での神経科学知見の蓄積を進めます。これをもちいて特定のタスクにおける脳型AIの作成を促進します。またそうして構築された脳型AIの実装を評価するために、WBRAを活用しながら脳型AGIの神経科学的妥当性を評価する技術の開発も進めます。さらに引き続き全脳アーキテクチャ構築のための統合ソフトウェアプラットフォーム開発も引き続き行う予定です。

また、当法人が開発促進する脳型AGIをより Beneficial なものとすることにむけた活動も継続する予定です。

なお、これら研究開発活動の多くの部分が外部研究機関の研究資金により進められていますが、2020年度もその一部については直接当法人が研究費を支出する予定です。

活動方針策定の背景

当法人は、汎用人工知能(AGI)の開発を促進することを目的として掲げており、2016年度からはさらにビジョンとして「人類と調和した人工知能のある世界」を掲げています。その背景として、AGIは非常に強力な技術であるがために人類全体に対して大きな支配力を持つ可能性があり、その技術が完成に近づくにつれて独占・寡占されることを回避したい(つまり技術を民主化したい)という世論が高まるだろうということがあります。

しかしながら、上記の目的とビジョンには2つの大きな課題があります。一つ目の課題は、技術の民主化は、単純に公開すればよいとはいえないという点です。なぜなら、強力な汎用人工知能が誤用・悪用されれば大きな影響を及ぼします。例えばこの技術を、社会インフラの破壊や対策が難しい生物兵器の設計に利用するといった可能性も否定できません。二つ目の課題は開発リソースの獲得に関わります。私たちのとっているNPOという組織形態は、社会善を追求するには適したものですが、汎用人工知能の開発を後押しする大きな投資を得るには不向きです。実際に、私たち同様に非営利組織であったOpenAIは、2019年に別組織としてOpenAI LPを設立することを通じてマイクロソフトから10億ドルの出資を獲得するという選択をしました。

将来において、いずれかの時期に生み出される汎用人工知能を人類と調和させるためには、その開発組織の多極化を維持しておくことは、重要なファクターとなるでしょう。よって、当法人においては、上記の2つの課題に取り組みながら、汎用人工知能のトップ開発組織に伍しうる技術的状況を構築し続けること人類の未来に貢献できると考えます。1つ目の課題である汎用人工知能の安全対策の取り組みは、すでに一般的には様々な研究開発が始まっています。ですが、脳型として構築するAGIに固有の危険性への対応は未だ不十分であることから、当法人ではそこに着目した安全技術の開発を促進したいと考えています。将来的に、研究開発資金を獲得する2つ目の課題のためには、脳型AGI開発を通じて得られる先行産物から収益を生み出す流れを作り出したいと考えております。ただし、AGIの完成時期は早くても2030年代以降と目されています。また、私たちの目論見通りに全脳アーキテクチャ・アプローチが有望なAGIの開発経路であったとしても、参考とすべき神経科学知見が十分なレベルに到達するにはもうしばらくの進展が必要そうです。こうした技術の将来予測を踏まえるならば、脳型AGIの完成時期について一定の目処がたち、商業的に価値のあるサービスやプロダクトを想定できる時期までには、まだ5年以上を要するであろうと見込んでいます。

こうした状況を踏まえ、当面は、神経科学コミュニティに蓄積された膨大な知識からアーキテクチャーに関わる知識をとりこんで整理するなどを含む、脳型AGIの開発にとって有用な基盤を構築することに注力してゆきます。こうした基盤整備を着実に継続することで、いずれは脳型AGIの完成が現実味を帯びることになるでしょう。同時に、脳型AGIの安全技術の開発も促進したいと考えております。こうして基盤づくりの活動を長期的に継続すれば、脳型AGI完成に見通しが得られた段階で安全かつ効率的に研究開発を進められる可能性が大いに高まります。当法人では、こうした見通しをもって今後とも弛まぬ努力を続けたいと考えております。