全脳アーキテクチャ・アプローチは、
「脳全体のアーキテクチャに学び人間のような汎用人工知能を創る(工学)」
をミッション・ステートメントに掲げた人工知能の研究開発アプローチです。こうして脳に学ぶ研究開発を通じ、2030年頃を目標として脳を超えた汎用人工知能の構築を目指します。
汎用人工知能とは
汎用人工知能とは、多様な問題領域において多角的な問題解決能力を自ら獲得し、設計時の想定を超えた問題を解決できるという人工知能です。これは現状で実用的な個別の領域において知的に振る舞う特化型人工知能に対置する形で設定された技術目標です。
人工知能分野ではその黎明期から漠然と人レベル人工知能を指向していました。時を経るにつれ個別的には多くの能力が人を超えつつあります。そうした中で「汎用性」という性質は今日においても明らかに人間に劣るため、人工知能が目指すべき目標として広く受け入れられています。
汎用人工知能という言葉から、しばしば最初からあらゆる問題に対応できる万能な知能を想像しがちです。しかし現実的に実現しうる汎用知能は、人間同様に幅広い問題領域に対して特化した知能を柔軟に習得できる能力をもつ知能でしょう。概念的にみれば、現状の機械学習技術における問題領域毎の事前知識の設計までも、データからの学習に置き換える技術の開発とも捉えられます。
汎用人工知能は何をもたらすか
汎用人工知能の実現が近づくにつれて、多様な問題領域において多角的な問題解決能力をデータ駆動で低コストに設計できるようになり、最終的には人工知能だけで自律獲得できるようになります。
多くの日常的な問題解決においては特化型人工知能が汎用人工知能の能力を上回ったとしても、より広い適用領域をもつことにより開発コストが低下して、特化型人工知能を凌駕する場合も生まれるようになるでしょう。これはワープロ専用機がパソコンに駆逐されたり、デジタルカメラや携帯電話がスマートフォンに置き換えられている例を考えるとわかりやすいでしょう。
また、汎用人工知能が十分な自律性をもつならば、失敗も含め膨大な仮説を思考し外界に対する多様な試行を行うようになります。これは言ってみれば汎用人工知能は、解決が難しい問題場面に出くわす以前に遊びを通して世界への理解を高めておくことになります。遊びを通じて得られた外界に対する知識が、あらかじめ設計しきれない例外的状況においての問題解決能力を支えることで、知能としてのロバスト性やレジリエンスが獲得されるでしょう。これは例えば、家庭内のような雑多な環境で家事をおこなうサービスロボット等において有用な技術となりえます。
さらに遊ぶようにして膨大な仮説の思考と試行することで知識を自律的に蓄積する能力は、広い視野から新たな仮説を創りだす創造的知能の基盤となりえます。たとえば芸術活動,新規事業企画などの分野においてです。そして究極的には人工知能サイエンティストとして世界を理解できるようになれば科学技術を大きく進展させます。これらを通じて医療技術の革新や、人類のグローバル問題の解決に役立つことになるでしょう。
全脳アーキテクチャ(WBA)・アプローチについて
汎用人工知能の実現を目指す研究開発アプローチは多岐にわたりますが、私達は下記の「全脳アーキテクチャ中心仮説」にもとづいて、汎用人工知能を創りあげることを目指しています。
全脳アーキテクチャ中心仮説
”脳はそれぞれよく定義された機能を持つ機械学習器が一定のやり方で組み合わされる事で機能を実現しており,それを真似て人工的に構成された機械学習器を組み合わせる事で人間並みかそれ以上の能力を持つ汎用の知能機械を構築可能である”
この仮説により全脳アーキテクチャ・アプローチにおける研究開発は、以下の図に示すように、
- 1.脳の各器官を機械学習モジュールとして開発すること
- 2.それら複数の機械学習モジュールを脳型の認知アーキテクチャ上で統合すること
の二つに分解されます。
(出典:Licensed under a Creative Commons Attribution-ShareAlike 3.0 Unported License.)
現状で「多角的問題解決を自律獲得できるシステム」は脳だけであることを考えれば、脳に学んで汎用人工知能を構築することは理にかなっていますが、つい最近まで1と2のそれぞれについて技術的な困難さがありました。
近年、1については、脳において汎用性を担う新皮質のモデルと見なしうる深層学習の研究が成功し、最大の困難も解決に向かい始めています。さらに最近は、複数の機械学習を様々に組み合わせて、特定の知的機能を実現する研究が急進展しています。この方向性を拡大することで汎用人工知能の実現を目指すことは、基本的には有望な選択肢であると思われます。
そして、一つの特定の問題だけに対処する研究ではなく、大規模に機械学習を統合して多くの問題に汎用的に対処する知能をつくるためには、基盤となるフレームワークとしての認知アーキテクチャが必要となります。これまで脳を参考として認知アーキテクチャを創るために必要な神経科学的知見はかなり不足していましたが、近年の欧米等における神経科学への大量投資により脳全体の結合様式(コネクトーム)がみえつつあり、今後さらに知見が蓄積される見通しです。
こうした背景から脳を参考とした認知アーキテクチャ上において複数の機械学習を統合して、汎用人工知能を実現する全脳アーキテクチャのアプローチは、まさに今だからこそ実現可能なアプローチとなっているのです。