2016年度活動方針

2016年度の活動方針

―WBA共創開発基盤の構築―

振り返り:設立時点での方針

当NPO法人は2015年8月の設立時点では以下のような目的を掲げていました。

  1. 長期継続: 完成時期(2030以降)に向け、継続的な目標堅持
  2. 公益性: 研究成果を論文発表などで公開(ソフトウェアはオープンライセンスを基本とする)
  3. 関連分野連携: AIを軸に神経科学、認知科学、機械学習等複数の学術分野の交流促進
  4. 人材育成: 全脳アーキテクチャ研究開発に必要な、複数分野の知識を備えた人材の育成
  5. 基盤研究: 機械学習の結合プラットフォーム、汎用技術の評価手法、シミュレータ/データの準備等の研究環境構築
  6. 啓蒙活動: 次第に隠蔽される最先端AI技術の透明化により、人々が AIと歩む未来を創出する素地を醸成

その後の議論を通じて、当NPO法人は全脳アーキテクチャ・アプローチによる研究を自身で行うのではなく、そうした研究を促進するという立場を明確にしてきました。 こうした戦略を取る理由は、当NPO法人自体が外部の研究組織と研究において競合すると、技術をオープンにするという方向性を維持しづらくなるからです。

2016年度の方針策定にかかわる主要な動向

当NPO法人発足以降の方針策定にかかわる主な外部動向として以下の三つを挙げることができます。

  1. 技術進展の加速:深層学習の発展を起点とする人工知能研究が加速し、応用分野は画像認識だけでなく、運動制御やマルチモーダル情報処理にも広がり、さらには創造性や言語理解にも近づいています。こうしたことから、長期的な人材育成とあわせて短期的な開発の加速も必要となってきました。
  2. 国内のAI投資の増大(国家・ビジネス含む):経済産業省に続き、文部科学省、総務省におけるAI投資が動き出し、企業や大学などによるAI投資も拡大しています。一方、多くのAI分野の研究員や技術者は、比較的短期の成果を生み出すための活動に忙しくなってきました。
  3. 米国NPO法人OpenAIの出現:2015年12月に1200億円を上限とする初期投資により、オープンな形でのAI開発を促進するNPO法人OpenAIが創設されました。このため、技術がオープン化され、利用しやすくなる状況が進んでいます。

2016年度の活動方針

国内においてもAIブームが加熱し、企業・大学・国研等のいずれのセクターにおいてもAIに対する投資が急増し、多くの関連組織が立ち上がってきました。当NPO法人を支えていただいている企業を含めて、AIを活用したビジネスが拡大することは嬉しいことです。 一方で、多くのAI関係者が多忙を究め、「人間のような汎用人工知能を目指す」といった長期目標に対して腰を据えてコミットすることが容易でない状況にもなっています。

NPO設立時の最初の趣旨は研究の「長期継続」でした。しかし特に英米に牽引される技術進展を踏まえれば、影響力の大きい汎用人工知能の実現を安易に遠いと仮定することはできません。まさに今こそ、私たちは汎用人工知能の実現はありうる未来と捉え、新たな形で力を結集しつつ前に進む必要があるでしょう。

改めて、当NPO法人は「人類と調和した人工知能のある世界」を目指すために「全脳アーキテクチャ・アプローチから人間のような汎用人工知能の創造を目指す研究開発を推進」することを確認します。これを踏まえ、2016年度、私たちは脳を参考にするという点を堅持しつつNPOという公益的な特性を活かして、主に以下のような分野や領域へ集中的な投資を進めることにしました。

  1. 特定の組織や利益団体に縛られないことが望ましい分野や領域
  2. 短期的には大きなビジネス価値を生みづらい分野や領域
  3. 国の補助金などによる研究投資が行いづらい分野や領域
  4. 臨機応変なスピーディーな動きが求められる分野や領域
  5. 神経科学の知見を活用するという特徴を活かした分野や領域

これらを踏まえると、当NPO法人の果たすべき役割は、主に研究者の皆さんに協力をいただき、脳を参考にした汎用人工知能を実現する研究開発を促進・支援するということになります。こうした役割を果たすためには臨機応変かつ俊敏に動く必要がありますが、当NPOでは正会員にAI分野の先進的な動きをとらえた研究者が存在して、時期にかなった判断を行うための良い耳と眼の役割を担っています。

一方、国内においては少ないAI研究者に対して研究投資が集中している現状から、研究者自身が長期目標に挑む余力は少なくなってきています。他方、脳モジュールに対応する機械学習技術が比較的オープン化されているため、エンジニアが楽しみながら活躍しやすい状況が生み出されています。そこで、様々な分野の研究者の助けを得ながら、当NPO法人が適切に開発環境を整備し、方向性を示すことができれば、国内で80万人程度存在するITエンジニアの一部の方が汎用人工知能の技術開発に自発的に参入しうると考え、その開発共創基盤をつくろうと考えました(図1参照)。つまり素早くかつオープンなWBAシステムの開発は、10000人規模のエンジニアが、脳という共通の設計図上で共創することにより民主的に進めうるでしょう。

図1
図2

コミュニティによるWBAの共創的な開発は、WBAアプローチにおいて汎用人工知能
(AGI)への到達を加速する有力な選択肢と考えています(図2参照)。全脳アーキテクチャ中心仮説により、研究開発アプローチを、さまざまな脳器官モジュールの研究開発と脳型認知アーキテクチャの研究開発に分解することにより、コミュニティによる開発が可能になります。この開発を支えるためには、ミクロ・マクロレベルでの神経科学知見を得る必要があり、マクロレベルでは既存の多くの人工知能や認知科学研究の知見を取り込むことで認知アーキテクチャを構築する必要があります。

オープンな AI開発コミュニティの形成(図3α)

技術的進展の加速に鑑み、より短期的に研究開発を促進できるように1万人規模のオープンなAI研究開発コミュニティの形成を目指します。ここでは、所属組織の垣根を超えて技術者や専門家の力を結集することで、世界に伍するスピード感のあるオープンなAI開発の取り組みの拡大を目指します。具体的には既に、促進型研究開発において開発された、人工知能の学習環境シミュレータLISなどの開発環境を利用したり、脳型の汎用人工知能の完成に有用なDeep PredNetの研究ハッカソンを先導したりするなどの、先駆的な活動を実施しました。今後もこうしたエンジニアを中心とした活動を拡大する予定です。こうすることで、全脳アーキテクチャ・アプローチからの汎用人工知能の開発を加速すると同時に、エンジニアの方には共有された知識を所属組織に持ち帰って競争力の源泉にしていただくことも可能になるでしょう。

図3

促進型研究開発(図3β・図4)

当NPO法人は「初年度の活動実績」の項で述べたように、さまざまな研究開発を行っています。全脳アーキテクチャ研究のために開発が進められてきた、脳にインスパイアされた形での機械学習の統合プラットフォーム(BriCA)は、特に脳型アーキテクチャを大規模に分散処理する際に用いられる技術として引き続き開発を継続しています。当NPO法人は、さらに全脳アーキテクチャ・アプローチによる研究を促進するという立場から、認知アーキテクチャの活動状態をコネクトーム上に表示するツール(BiCAmon)の開発や、汎用人工知能の評価手法の研究、学習環境シミュレータ(LIS)の構築などを行っています。研究開発の成果はオープンな開発コミュニティのみならず、国や企業内の研究プロジェクトでの試用がなされるなど広まりを見せています。さらに今後脳型AIが様々な領域に応用されるケースにおいても有用なツールになると期待しています。本年度においても、こうしたツールの改良や開発を進める予定です。

個別研究の支援(図3γ)

様々な機械学習がオープン化されたからといっても、それを全脳アーキテクチャ上に統合してゆくためには、多くの叡智が必要となります。しかし大多数のAIに興味をもつエンジニアにとっては、それら知識を身に付けることは容易ではありません。つまり全脳アーキテクチャの構築を、開発テーマに落とし込める以前の、高度な専門性を必要とする研究課題については、研究者による支援が必要となります。具体的には、神経科学、人工知能、認知科学、機械学習など多岐に渡る学術分野にわたる知恵と知識が必要となります。
当NPO法人の現状の活動規模では、PI(Princpal Investigator・指導的立場にある研究者)レベルの研究者を雇用することは難しいため、全脳アーキテクチャ・アプローチの研究推進にとって重要な課題に取り組む若手研究者に対して、資金補助を行う施策を行う方向で検討を進めています。

図4

2016年度の事業概要

以上の方針をふまえ、2016年度においては、図3に示すように、主に全脳アーキテクチャに関わる研究者(PI)と研究志望者・学生などからなる個別的研究開発(γ)、エンジニアを中心としたオープンな AIコミュニティ(α)、そして当NPO法人が主導する促進型研究開発(β)を中心として進めることで、全脳アーキテクチャ研究の成果をオープンなレポジトリに蓄積し、これを関係者を含めて広く社会に還元できるような状況づくりに貢献します。

上記の活動方針に基づき本年の事業概要を図5のように策定しました。

図5