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2023年の幕開けにあたって

新年、あけましておめでとうございます。

汎用人工知能(AGI)という技術目標は、その名前にも示されるように「1つのAIシステムで多数のタスクをこなす」ことが一つの重要な技術要素でした。昨年2022年は、深層学習から発展した大規模モデル(Foundation Model)により、主に言語処理と画像処理において入出力が定式化された複数のタスクを解決できるAIシステムが示されました(※1)。Foundation Modelの延長線上において、いわゆるProto-AGIとかWeakly General AIが数年以内に実現されるという考えも受け入れられつつあります。

※1  我々も DeepMind 社が発表した Gato が単一のAIシステムがラベル付けされたマルチモーダルデータから広範な常識的知識を学習しうることを実験的に実証したことに価値があるとコメントを行いました[1]

しかしながら、それらと本当に目指すべき真のAGIとの間にはまだ距離があり、ヒトと同じレベルで人間社会に受け入れられたり、ヒトのように数学や物理学を理解するまでには至っていません。これらに対処できる真のAGIにおいては、領域ごとに見出した多様な知識を効率的に組み合わせたり転移したり拡張したりする機能を用いて、未経験のタスクや複雑なタスクなどに対して仮説を構築して対処してゆくような能力が必要でしょう。このような未だ実現されていない知的能力が、このまま深層学習を拡大することで実現できるのか、そうでないのかは意見が分かれるところです。しかしながら、いずれにしても、そうした能力のある部分は脳のアーキテクチャから学べる可能性があります。また以前より述べていることではありますが、WBAIが実現を目指している脳型のソフトウェアは、対人インタラクションへの応用、精神疾患などのモデル化、マインドアップローディングの器といった、非脳型にはない独自の価値をもちます。

こうした背景から私たちWBAIは引き続き、唯一実在する汎用知能である脳からそのエッセンスを引き出す方法論として確立した脳参照アーキテクチャ(BRA)駆動開発を軸として、ヒトのようなAGIを創るための教育事業と研究開発事業を長期的に促進しています。

昨年(2022年)は、BRA駆動開発を洗練させることで大きな進展がありました。主な成果としては、仮バージョンではありますが脳全体の解剖学的構造を統合して扱うためのデータベース(WholeBIF)が構築されました。こうして、本来一意であるヒトの脳全体の解剖学的構造のデータに対して追加的に知見を拡充することができるようになりました。また、そのデータベースを流用しながら計算機能を記述したデータ(HCD)の設計を行うことで、研究者ごとに多様な計算機能の仮説を記述しつつ、それらを相互に比較可能にできるようになりました。さらに、これまで曖昧だった脳器官に対応するソフトウェアコンポーネントにごとの計算機能の記述を、入力を出力に変換する手順であるProcess記述と、そのコンポーネントの出力をシステム外部の観測者の視点から解釈したOutput Semantics記述として明確化した。Process記述はソフトウエアの実装者に対する直接の仕様情報となるのに対して、Output Sematics記述はProcess記述をガイドする役割を果たします。その上で、それらの記述を階層的に表示する Function Tree Viewer という表示ツールが開発されました(図1参照)。

図1: 機能を付与する神経回路図と対応する Function Tree Viewer (FTV)

FTVでは Region Category 列において着目脳領域における解剖学的構造に整合する形で、ソフトウェアコンポーネントごとの機能が階層的に分解される。列ごとの記述はソフトウェアコンポーネントに対応する。先頭のセルには名前と入出力が、二番目のセルには入力から出力に変換する手続き(Process)が、三番目のセルには出力に対するシステム外部の観測者からみた解釈(Output Semantics)が記される。

昨年も脳とAIをまたぐ人材を育成するための教育事業を行いました。一つには、書籍「認知科学講座4」[2] の第7章「全脳アーキテクチャ──機能を理解しながら脳型AIを設計・開発する」においてBRA駆動開発を紹介させていただきました。さらに「Metacognitionと意識のAI実装と次世代BMIへの応用〜」、「眼球運動における多様な分野の横断的知見統合を目指して」、「人工脳が心をもつならば」をテーマとした3回のWBA勉強会を実施しました。また、立命館大学R-GIRO研究プログラム「記号創発システム科学創成:実世界人工知能と次世代共生社会の学術融合研究拠点」の協力を得て「脳のコンポーネント図の作り方:プロセス間関係の整理と確率モデルによる記述」をテーマとしたWBAレクチャーを実施し、この中で書籍「認知科学講座4」[2] 第6章「記号創発ロボティクス」にも掲載された全脳確率生成モデル [3] を立命館大学の方々からご紹介いただきました。そして、第7回WBAシンポジウムは「汎用ロボティクスと脳型知能」をテーマに開催しました。その中で、谷口忠大氏、尾形哲也氏をお招きし、松嶋達也氏と共にオーガナイズしたパネル討論「脳を参照するロボティクス」では、自律性や倫理性の面でヒトを凌駕した高度なAIがヒトとヒトの間に入り込んだ状況を前提として、未来社会のあり方について議論しました。

また、WBAIの活動への貢献に対する授賞を行いました。大脳基底核における報酬予測誤差の正負に対する学習割合が動物実験で異なることなどを示した太田宏之氏にWBAI奨励賞を授与しました。さらに、WBA勉強会実行委員会の統括者およびイラストなどのご提供で貢献のあった藤井烈尚氏、監事として保有財産及び理事の業務執行状況の監査などで貢献のあった森川幸治氏に活動功労賞を授与しました。

私たちは2023年も、これまで同様に人材育成事業と研究開発支援事業を進めてゆきたいと考えております。研究開発支援事業においては、BRA駆動開発におけるBRA設計、ソフトウェア実装、評価などの作業における様々な技術要素のさらなる定式化を進め、それをベースとして各作業の自動化の推進するとともに、次第に蓄積が進むデータの管理・運用などについても検討を進める予定です。また、ソフトウェアの設計に相当するスキルを必要とする脳の解剖学的構造に整合した計算機能の設計方法を広く知っていただき、その活動に参加いただける機会をさらに提供してゆきたいと考えております。

なお、WBAIが推進してる諸活動は、賛助会員、WBA勉強会実行委員会、開発部、顧問、連携組織など多くの皆様のご支援・ご協力を賜ることで継続されており、改めて関係者の皆様に厚く御礼申し上げます。また、昨年度からは当法人の関係者が計画班「脳参照アーキテクチャを用いた行動変容の分析」に参加する文部科学省 学術変革領域研究 行動変容を創発する脳ダイナミクスの解読と操作が拓く多元生物学とも連携を開始しております。
本年も多くの皆様から一層のご支援、ご愛顧のほど賜りたくよろしくお願い申し上げます。

2022年元旦

特定非営利活動法人 全脳アーキテクチャ・イニシアティブ 一同

P.S. 登録の締め切りが1月10日と間近とはなりますが、当法人と関連した、電子情報通信学会 ニューロコンピューティング研究会 (2023年3月)の企画セッション「脳アーキテクチャー」にてBRAデータの投稿企画を実施いたします、是非ともご投稿を検討ください。

 

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