2020年の幕開けにあたって

WBAIからのお知らせ

皆様、あけましておめでとうございます。

NPO法人全脳アーキテクチャ・イニシアティブ(WBAI)は、昨年(2019年)、事務局の移転などを伴う変化の期間を経つつも、引き続き公益性の高い基本理念を掲げ、賛助会員、WBA勉強会実行委員会(旧:サポーターズ)、開発部、顧問、連携組織など多くの皆様のご支援・ご協力を賜ることで活動を継続してまいりました。

昨年の主だった活動として、まずは「脳に学ぶ統合を問い直す」をテーマに第4回WBAシンポジウムを開催し、生存確率の最大化からの恒常性の創発を示した吉田尚人氏、コネクトーム情報学やニコニコAIスクールに貢献のあった水谷治央氏にWBAI奨励賞、当法人の創設時より財務・法務・経営面などに貢献いただいた櫻田剛史氏に活動功労賞を授与しました。また第3回 AI・人工知能EXPOへの 出展第2回失語症ハンズオンの開催、さらに「計算論的精神医学」、「自由エネルギー原理」、「確率的グラフィカルモデルと脳」、「 社会性の認知モデル」をテーマとしたWBA勉強会を実施しました。さらに、英国CFIが主催する、動物のもつ汎用性の高い知能を再現しようとするコンテスト「Animal-AI Olympics (AAO)」を後援し、国内では2回の関連ミートアップ(1回目記事2回目記事)を実施し、生物学的妥当性が高い作品を製作したGuillermo Barbadillo氏にNeurIPS2019においてWBA賞を授与しました。また新学術領域研究「脳情報動態」内の関連プロジェクトでは、2017年に開発した新皮質フレームワークに沿ったモデル開発[1]や、サービスロボットのシミュレータPyLISの公開などを行いました。またHPCI研究として脳型AIのためのソフトウェアプラットフォームの開発も継続的に進めました。また代表の山川がBeneficial AGI 2019に参加し、人類社会を支えるAI社会についての検討[2]を行いました。(参考:2019年度活動方針)。

昨年は深層学習の応用などが進み、AIにおける次の大きな目標が汎用性であるという認識は広く浸透しました。深層学習の周辺においては、より広範なタスクに対応するための継続的学習、ライフロング学習などの研究が進む中で、多様な深層学習技術をアーキテクチャとして組み合わせて知能を実現しようとする研究が増加しつつあるようです。しかし機械学習分野ではエポックメイキングな新技術の出現は見られませんでした。

一方で、神経科学との接点との進展としては、数年前には物体認識にかかわる畳み込みニューラルネットワークと脳の視覚野との対応付けが進みました。より最近においては、一昨年に提案された自然言語処理に関わるモデル(BERTなど)が、昨年には脳の言語野と対応付けられています。このように、人間並みの計算機能をもつモデルを脳活動に対応付けることで、脳の理解が進む流れは今後も増加してゆく可能性がありそうです。

神経科学分野では、引き続き多くの知見の蓄積が進んでいます。特に、Allen Instituteからは、マウスの新皮質における領野間の階層性の分析結果[3]や、人とマウスのの新皮質における神経細胞タイプの相同性が遺伝子発現から明らかにされました[4]。これらは脳のアーキテクチャーを構築する上で重要な情報となります。

将来において、AIが汎用的な知能を持つためには、それを可能とする機械学習技術の統合方法を見つけ出すことが大きな課題です。最近の技術状況を踏まえても、WBAIが創設当初より提唱してきた「脳全体のアーキテクチャに学び人のような汎用人工知能を創る(工学)」というアプローチは、ますます有効となるでしょう。

当NPO法人は、発足以来、脳全体のアーキテクチャに学んだ汎用人工知能(AGI)の研究開発を促進するために多角的な活動を行ってきました。その間、AGI開発にむけたさまざまな技術環境が整いつつあり、私たちがその多くを担う必要は減じています。そこで、当NPO法人は、脳型AGIの開発に固有かつ必須の部分へと注力する方向に舵をきっています。私たちは神経科学コミュニティもつ知識を全脳参照アーキテクチャ(Whole Brain Reference Architecture: WBRA)として整理し、それを用いてAI/MLコミュニティにおける民主的な共同開発を促進するという基本構想を掲げました。

2019年においては、WBRAを記述するための Brain information flow (BIF)形式の検討を進め、それを蓄積するデータベースの試作などを行いました。将来的に、WBRAの整備が進むことで、脳について必ずしも深い理解をもたないAI/ML専門家が、WBRAを開発要求仕様書としてもちいた脳型AGIの開発を行うことが可能になると考えられます。さらに、生物学妥当性を評価する観点を含む脳型AGIの評価指標としてGPS基準を公開しました。今後においては、WBRAとの整合性の点から、開発されたAIプログラムの生物学的妥当性を評価することを検討していきます。

図1: 検討中のBrain information flow (BIF)形式:


BIF形式は、脳全体の情報処理の仕様を階層的に記述するために提案されました。Circuitは、脳内のメゾスコピック・レベルのネットワークシステム内の任意の部分ネットワークを表し、脳器官に対応するCircuitはフレームワークと呼ばれます。種類が一様な神経細胞集団であるUniform circuitからの出力として、Circuit間にはConnectionが設定されます。開発者によるソフトウェアの詳細設計をサポートするために、Circuitのの処理機能およびConnectionの信号のセマンティクスをfunctionalityとして付与する点に特徴があります。

2020年には、大脳基底核などの脳器官などについてのBIF形式での参照アーキテクチャの試作や、参照アーキテクチャを活用した開発の施行、BIF形式におけるオントロジーの改良、データベース内のデータの可視化などといった、研究開発を進め、WBRAの充実にむけた基礎固めを進める予定です。

特に、参照データの構築においては、神経科学の専門性を備えた先生方へのご協力を仰ぎ、既存の神経科学知見を整理しながらデータ化を進めたいと考えております。また、現状の神経科学で不足している知見については、引き続き計算機能についての仮説構築をすすめます。それらについては、すでに海馬体の経路積分機能[5]や、基底核と視床における注意についての強化学習機能[6]についての仮説などの研究が進められています。

また、2020年においても、この分野で活躍できる人材の育成のための勉強会等のイベントの継続しつつ、対外的な情報発信をできるだけ、国際的な形で進めてゆきたいと考えております。

なお、2019年におけるAGI開発組織の動きとしては、非営利組織であったOpenAIが別組織としてOpenAI LLCを設立してマイクロソフトから10億ドルの出資を獲得しました。これは現在の経済社会において、NPO法人という形態によっては次第に激化するAGI開発レースに参加し続けることの難しさ示すものでした。しかし逆に、おそらく世界で唯一の非営利な汎用人工知能開発組織としてのWBAIの独自性が高まったという見方もできます。

将来的には、脳型AGIの先行産物から、その開発体制を支える収益を生み出しつつ、「人類と調和する人工知能のある世界」を体現にむけて、全脳アーキテクチャ・アプローチからの開発を進める、より大きな組織の出現が望まれます。しかしそうした技術状況が整うには、まだ5年以上の助走期間が必要でしょう。ですからNPOであるWBAIとしては、当面の間は、神経科学コミュニティの知見をAI/MLコミュニティに伝えるハブとなる学術的な活動を中心に、脳型AGIの開発環境の整備を進め、その完成に現実味を帯びさせる段階まで牽引することに注力します。

このように、私たちWBAIは、長期的な視点をもって、本年も研究促進事業と人材育成事業を中心に活動を継続し、弛まぬ努力を続けたいと考えておりますので、本年もより一層、また多くの皆様からご支援、ご愛顧のほどお願い申し上げます。

2020年元旦

特定非営利活動法人 全脳アーキテクチャ・イニシアティブ 一同

参考文献:

  • [1] 三好康祐, 山川宏, 高橋恒一, ESNによる階層的予測誤差モデルを用いた音声Local-Global課題の再現シミュレーション, 信学技法, MBE2019-55 NC2019-46, 2019.
  • [2] Yamakawa, H. Peacekeeping Conditions for an Artificial Intelligence Society. Big Data Cogn. Comput. 2019, 3, 34.
  • [3] Julie A. Harris, Stefan Mihalas, […]Hongkui Zeng, Hierarchical organization of cortical and thalamic connectivity, Nature, 2019
  • [4]Rebecca D. Hodge, Trygve E. Bakken, […]Ed S. Lein, Conserved cell types with divergent features in human versus mouse cortex, Nature volume 573, pp.61–68, 2019.
  • [5]  Ayako Fukawa, Takahiro Aizawa, Hiroshi Yamakawa and Ikuko Eguchi Yairi, Identifying Core Regions for Path Integration on Medial Entorhinal Cortex of Hippocampal Formation, MDPI Brain Science, 10(1), 28, 2020.
  • [6] Yamakawa, H. Attentional Reinforcement Learning in the Brain. New Gener. Comput. (2020) doi:10.1007/s00354-019-00081-z