新年、あけましておめでとうございます。
私(山川)事ですが当法人(WBAI)の設立2年半前、2013年1月に私が人工知能学会誌に寄稿した「AfterSingularity10年を思い描く」(*1)という著作では、シンギュラリティの到来時期を2040年代に想像していました。しかし、昨年におけるAI関連トピックの急増から指数関数的に外挿するならば、ひょっとすると今年は多くの人々からシンギュラリティ元年と呼ばれる年になってしまうかもしれません。
昨年を振り返ると、ChatGPTなどの大規模言語モデルや画像生成AIが人間の能力を代替し始め、多くの人々に影響と衝撃を与えました。これにより、高度なAIが人類に対する壊滅的な影響を与える可能性に多くの人々が気づき、国際的なAIガバナンスに関する議論が加速しました。例えば、Center for AI Safetyが5月に「AIからの絶滅リスク軽減をパンデミックや核戦争などの社会規模のリスクと同様に世界的な優先事項とすべきである」との声明を出し、国連のグテーレス事務総長が6月にこれに言及しました。11月には、イギリスでAI Safety Summit 2023が開催され、日本、米国、豪州、中国を含む28カ国と欧州連合(EU)がAIの安全で倫理的な責任ある開発を約束する「ブレッチリー宣言」に署名しました。こうした動きは、総合的に見れば人類の未来に良い影響を与えると期待できます。
近年、フロンティアAIと呼ばれる汎用性の高いAIが、人々の意図や価値観に沿って振る舞うように調整する学際的な分野「AIアライメント」が急速に発展しています。この分野は、2016年ごろにはAI制御や監視として位置付けられていました。現在、フロンティアAIのシステムは機械学習技術を基盤にしており、例えば、倫理的な面を含めて適切かつ頑健にシステムを学習させることや、システム内部で行われている計算を人間が理解できるようにする解釈可能性の研究は重要なテーマです。
これに対し、WBAIが開発を推進しているヒト脳型AGIは、どのような貢献が可能でしょうか。以前からヒト脳型AGIは、対人インタラクションの応用、精神疾患のモデル化、マインドアップロードの器としての独自の価値を持つと述べてきました。
特に、対人インタラクションにおいては、AIアライメントに「脳に基づく解釈可能性」という利点をもたらすことができます。脳に基づく解釈可能性とは、AGIの計算プロセス(意識的および無意識的な側面を含む)を、対応する人間の神経活動の観点から認知的なレベルで理解できる特性を指します。これにより、AIの意思決定や行動の根底にある内部状態(信念、意図、喜び、苦しみなど)を明示することが期待できます(図1参照)。脳ベースの解釈可能性を持つAGIシステムが不都合な意図や欺瞞を形成した場合、人類はそれを発見し対処する可能性を高め、AIと人類の調和に役立つと期待できます。
図1: 脳に基づく解釈可能性
WBAIでは、ヒト脳型AGIの創造を促進するために、WBAアプローチに基づくヒト脳型AGIの構築を、BRA駆動開発として進めています。これは、脳神経回路のリバースエンジニアリングにより、脳型AGIの設計データとなるBRAを作成し、それに基づいて脳型ソフトウェアを構築するものです。この開発で中心的な役割を果たす脳参照アーキテクチャ(BRA)は、人間の認知行動に関するメゾスコピックレベルの解剖学的知識を抽出した脳情報フロー(BIF)と、BIFと構造的に整合するように整理された機能コンポーネントの構造を示した仮説的コンポーネント図(HCD)を含みます。
BRA駆動開発は、自然言語で記述された設計データを作成し、LLMなどの最新AI技術を活用して大幅に加速することができます。2023年には、文献から神経領野間のコネクションとそれを記述した抜粋文章を抽出するツール(PDF2BIF)の実装を進めました。
他方で、脳に基づく解釈可能性を持つヒト脳型AGIの完成は、他の形でAGIが実現されたとしても、その後のできるだけ早い時期に存在していることが望ましいと考えられます。そこで、BIF構築とHCD構築をLLM等の活用によって更に加速することで、2027年までに脳全体にわたるBRAである全脳参照アーキテクチャ(WBRA)を完成させることを目指した技術ロードマップ(図2)を提案しました。
これらの成果の一部は、2023年の Computational Neuroscience 2023、INCF Neuroinformatics Assembly、日本神経回路学会全国大会、人工知能学会全国大会、汎用人工知能研究会などで発表されています。
図2 WBA技術ロードマップ
昨年も脳とAIをまたぐ人材を育成するための教育事業を行いました。「大脳皮質の回路とその役割の謎に迫る」、「神経科学におけるChatGPT等の活用」、「記憶の自己構築性から脳と社会とAIの『知』を考える」をテーマとした3回のWBA勉強会を実施しました。そして、第8回WBAシンポジウムは「生成AI時代における全脳アーキテクチャ・アプローチの開発とその意義」をテーマに開催しました。その中で、田口茂氏、山田胡瓜氏をお招きし、パネル討論「よき超知能時代に向かうためにヒト脳型AGIが果たすべき役割」では、生成AIの発展で急速に距離が近づいた超知能時代の到来を踏まえ、そうした世界においてWBAアプローチで構築する人と親和性の高いヒト脳型AGIを存在させることの意義について議論しました。
また、WBAIの活動への貢献に対する授賞を行いました。汎用AIの中心的な能力である「知識再利用能力」に関する研究において、分散型ニューラルネットワークのアーキテクチャレベルに関わる新しいアルゴリズムを提案した孫昱偉(Sūn, Yùwěi)氏にWBAI奨励賞を授与しました。さらに、WBA勉強会実行委員会の統括者として貢献のあった孫暁白氏、監事として、またビジネス的な観点からもアドバイスをいただいた上林厚志氏に活動功労賞を授与しました。
私たちは2024年も、これまで同様に人材育成事業と研究開発支援事業を進めていくことを考えています。特に研究開発支援事業では、BRAデータの形式を要求実現グラフを含む新バージョンにアップデートする予定です。すると脳のリバースエンジニアリングにおいて、脳の広い範囲に対して柔軟な計算論的な意味付けが可能になるだけでなく、その自動評価も容易になります。そのため、本年は新たなBRAデータを用いて、様々な脳領域に対するBRAデータの蓄積を推進するつもりです。やや詳細に述べれば、要求実現グラフとは、個体の能力を解剖学的構造に基づいてトップダウン方式で分解し、個々の脳器官の認知機能の解釈によって構成されるグラフのことです。
最後になりますが、WBAIが推進している諸活動は以前より、賛助会員、WBA勉強会実行委員会、開発部、顧問、連携組織など多くの皆様のご支援・ご協力により継続されております。ここで、改めて関係者の皆様に深く感謝申し上げます。また、一昨年度からは当法人の関係者が文部科学省 学術変革領域研究 「行動変容を創発する脳ダイナミクスの解読と操作が拓く多元生物学」からご支援を受け、その計画班「脳参照アーキテクチャを用いた行動変容の分析」として他班の神経科学実験の成果の活用を目指しています。
AIやAGI技術がさらに発展する本年、我々はそれら技術をBRAデータ構築の自動化などに積極的にに取り入れ、解釈可能性に優れたヒト脳型AGIの開発を促進しすることで、「人類と調和する人工知能のある世界(*2)」という未来に貢献しうる選択肢を追加したいと考えています。この主旨をご理解のうえ、本年も多くの皆様からのさらなるご支援とご愛顧を賜りたいと願っており、研究開発人材も募集しております。また、2024年がシンギュラリティを実感させられる一年となったとしても、それが人々に幸福をもたらす一年となることを心から願っています。
2024年元旦
特定非営利活動法人 全脳アーキテクチャ・イニシアティブ 一同
(*1) 人工知能学会「編集委員今年の抱負2013」という特集に掲載。2024年はこの特集が復活している。
(*2) 「人類と調和する人工知能のある世界」の実現はWBAIが2017年に掲げた基本理念です。